ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

秋の下草

カテゴリー:樹木と草本

10月も中旬を過ぎ、寒暖の差が激しくなってきました。「ゆるむしの森」でも本格的な秋の様相を呈してきましたが、ここでは9月から10月中旬までに見られた主な下草について紹介します。

繁殖力が強いつる性植物の一つとしてカラスウリTrichosanthes cucumeroides(ウリ科)が知られていますが、ゆるむしの森でも毎年夏から秋にかけて繁茂します。9月初旬にはハンノキの森の下草をすっかり覆っていました(写真1)。

写真1  ハンノキの森に繁茂するカラスウリ(2022年9月16日)

9月下旬からはカラスウリの実が朱色に色付き始め、10月に入ると多くが鮮やかな赤色になりました(写真2)。

写真2  カラスウリの実(2022年10月3日)

この日は、カラスウリの上を数頭のキタテハが乱舞していました(写真3

写真3  キタテハがとまるカラスウリ(2022年10月3日)

夏から秋にかけてハンノキの森のなかや観察路を覆ってしまうのがイノコズチ(ヒカゲイノコズチ)Achyranthes bidentata var. japonicaです。ヒユ科イノコヅチ属の多年草で、「ヒカゲ」と名がついていますが、日当たりのよい道端や原野にも割とよく生えています。

ヒナタイノコズチと識別が難しいですが、葉が波打たないことと(写真4)、花穂が比較的長いこと(写真5)でヒカゲイノコズチと判断しています。

写真4  ハンノキの森のなかのヒカゲイノコズチ(2022年9月26日)

観察路を覆ってしまうので、適宜草刈りが必要です。引き抜こうとしても、根は地中深くに伸びているため、途中で切れてしまいます。

写真5  ハンノキの森のなかのヒカゲイノコズチ(2022年9月26日)

日当りがよい草地エリアにはイヌタデ Persicaria longiseta が咲き誇っています(写真6、7)。タデ科イヌタデ属の一年草、野原、道端などありとあらゆる場所に普通に見られる、いわゆる雑草ですが、ピンクの花は可憐です。春から秋まで見られますが、秋はよく目立ちます。

写真6  イヌタデ(2022年10月3日)

写真7  イヌタデ(2022年10月11日)

秋と言えば、黄色い花のイメージがあります。ゆるむしの森の草地を覆っているのが黄色い花のコセンダングサ Bidens pilosa var. pilosaです(写真8キク科センダングサ属の一年草です。

写真8  コセンダングサの群生(2022年10月11日)

センダングサなど類似種との識別・同定が難しいですが、舌状花がないことで見分けられます。コセンダングサという名がついていますが、センダングサよりも小さいということはないです。大人の身長くらいに伸びたものもあります。

コセンダングサの花には、たくさんのチョウやハチ、アブの仲間が訪れます。ゆるむしの森で圧倒的に見られるのは、セセリチョウ科、シロチョウ科、花蜜食性のタテハチョウ科のチョウです(写真9、10)。

写真9  コセンダングサで吸蜜するキタテハ(2022年10月11日)

写真10  コセンダングサで吸蜜するチャバネセセリ(2022年10月11日)

コセンダングサの先端に細い棘があり、衣服などに付きやすく、いわゆる「ひっつき虫」と呼ばれるものの一つです。根には強力なアレロパシー作用が確認されており、ほかの植物を駆逐しながら拡大していく性質があります。帰化植物外来生物)の一つであり、環境省によって生態系被害防止外来種に指定されていましたが、今年になって外されました。

数はそれほど多くありませんが、ノハラアザミ Cirsium oligophyllum も咲いています(写真11)。キク科アザミ属の多年草です。 これにもチョウやアチ、アブの仲間がたくさん訪れていました。

写真11  ノハラアザミ(2022年9月26日)

写真12、13はミズヒキ Persicaria filiformis です。タデ科イヌタデ属の草本です。開花期は8〜11月で、いまが見頃です。花は総状花序で、上半分が赤色、下半分が白色の小花が枝上に並んで咲きます。

写真12  ミズヒキ(2022年9月6日)

写真13  ミズヒキ(2022年10月11日)

これも数はそれほど多くはありませんが、農道脇や畑の近くでシロザ Chenopodium album ちらほら見られます。ヒユ科アカザ科)アカザ属の一年草です。花期は9–10月で、花は淡い緑色、黄緑色をしています。この日はウラナミシジミがとまっていました(写真14)。

写真14  ウラナミシジミが訪れたシロザ(2022年10月3日)

夏にはあちこちに青々と茂っていたジュズダマ Coix lacryma-jobi(イネ科ジュズダマ属)ですが、この時期葉が枯れ気味になってきました。秋を思わせます(写真15)。まれにですが、クロコノマチョウの幼虫が群生しているのが見つかります、

写真15  ジュズダマ(2022年10月3日)

次回も秋の下草を紹介したいと思います。

              

カテゴリー:樹木と草本

アゲハチョウ

カテゴリー:生き物観察

私たちにとって最も馴染みが深いチョウの一つと言えば、アゲハチョウ(ナミアゲハ、アゲハチョウ科)ではないでしょうか。何と言ってもチョウのなかでも最も大きい翅をもつ部類であり、発生数も圧倒的に多いので目立つ存在です。これは、幼虫の食草がミカン科というありふれた植物であるためであり、緑の少ない都会の真ん中から山地まで、様々な環境で見ることができます。日本では北海道から沖縄まで分布しています。

あまりにも普通で見過ごしがちですが、翅のデザインはけっこう複雑で、かつとても美しいです。類縁種であるキアゲハとともに、後翅の縁の黒地に青い斑点とオレンジの斑点、および尾状突起が特徴的です(写真1)。
写真1  アベリアの花にとまりながら交尾中のアゲハチョウ Papilio xuthus(2022年9月12日、千葉県柏市

「ゆるむしの森」でも普通に見られる種ですが、写真撮影ができる機会はそれほど多くはありません。それはこのチョウの花蜜食性にあります。ゆるむしの森では、アゲハチョウが吸蜜できる花が時期によっては少なく、目の前を素早く飛び去っていくだけなので、シャッターチャンスがなかなかありません。ゆっくり観察できるのは、もっぱら森の周辺の民家の庭先や畑地の花壇などです。

とはいえ、いまの時期であれば、ノハラアザミで吸蜜する姿が見られます。森の中にも幼虫の食草であるミカン科の低木が生えており、ときおり成虫の産卵や幼虫を見ることができます。10月に入ったこの時期でも幼虫が見られます。写真2−4はサンショウの枝上の終齢幼虫です。幼虫が発生する度にサンショウの葉が食い尽くされ、丸裸にされてしまいます。

↑写真2  サンショウの上のアゲハチョウの終齢幼虫(2022年10月11日)

↑写真3

↑写真4

アゲハチョウ科の幼虫を触ったことがある人なら経験があると思いますが、頭の先からオレンジ色のヘビの舌のような形のものを出すことがあります。これは、オスメテリウム(臭角、osmeterium)と呼ばれている外分泌器官で、普段は頭部内部に収納されていますが、幼虫が危険を感じると反り返りながら、ニューッと出してきます。それと同時に鼻につく何とも言えない異臭を発します。この臭いが手につくとちょっと水洗いしただけでは落ちません、

オスメテリウムは、鳥、クモ、肉食昆虫などの捕食者に対する防御器官としての役割があり、頭部にある大きな目のような斑点(写真2、3参照)とともに相手を驚かすのに役立っています。オスメテリウムから出る臭いは、捕食者に対しては悪臭であり、十分な忌避効果があります。

この臭いは、モノテルペン、セスキテルペン、短鎖脂肪酸エステルの混合物であることが分かっていますが [1, 2]。臭いとしては後2者の貢献が大きいと思われます。短鎖脂肪酸としては酢酸やイソ酪酸が含まれています。酢酸はいわゆるお酢の臭いであり、イソ酪酸は形容すればウンコの臭いです。イソ酪酸がメチル化あるいはエチル化されてエステルになると、臭いにフルーティー感が出てきます。

これらが混ざったものと考えれば、幼虫に触ったことがない人でも、オスメテリウムの臭いが想像できるのは?と思います。

引用文献

[1] Chow, Y. S. & Tsai, R. S.: Protective chemicals in caterpillar survival. Experientia 45, 390–392 (1989).  https://link.springer.com/article/10.1007/BF01957490

[2] 本田計一: アゲハチョウ類の化学生態学. 日本農芸化学会誌 64, 1745–1748 (1990). https://doi.org/10.1271/nogeikagaku1924.64.1745

            

カテゴリー:生き物観察

ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの類縁性

カテゴリー:科学おもしろ話

ゴマダラチョウは日本を代表するタテハチョウ科のチョウです。翅の模様はまさしく胡麻斑(ごまだら)という感じですが、実際は黒地に白い斑紋があると言った方が正確でしょう(図1上)。近い種としてアカボシゴマダラがいます。こちらはゴマダラチョウに比べて白い模様が線状に流れており、縁側の斑紋も小さく、かつ後翅に赤い斑紋(赤星)があります(図1下)。サイズはゴマダラチョウより一回り大きいです。

静止しているときは、両種の識別は容易ですが、樹木の周りを飛んでいるときはよく見ないとわかりづらいです。

図1. ゴマダラチョウ Hestina persimilis japonica(上)とアカボシゴマダラ Hestina assimilis assimilis(下).右側の写真は両種とも白化型(春〜初夏の1化目の個体)を示す.

ゴマダラチョウとアカボシゴマダラは、コムラサキ亜科 Apaturinae、Hestina 属に分類されています。ちなみに、"hestina" はギリシャ語で囲炉裏や家族を意味する言葉で、ギリシャ神話の炉辺と家庭の守護神ヘスティア(Hestia)に由来します。属名では、単数形女性語尾の-inaが組み合わさって、Hestina となっています。

ゴマダラチョウの種形容名 "persimilis" は、「とても似た(very similar)」という意味で、亜種名の "japonica" は文字通り、「日本の」という意味です。一方、アカボシゴマダラの "assimilis" は、これも「〜のような(like)」という同じような意味です。亜種名は、日本本土産は名義亜種(基準になる亜種)なのでそのまま assimilis となります。日本では鹿児島県奄美諸島において、これとは異なる亜種(Hestina a. shirakii)が生息しています。

このようにゴマダラチョウとアカボシゴマダラは同属種で、表現型(目に見える形や性質)も生態もきわめて類似しています。幼虫は同じアサ科のエノキやエゾエノキを食樹とし(→幼虫の角は護身用参照)、成虫は関東地方では少なくとも5月、7月、8月下旬−9月の年3回発生します。越冬態は4齢幼虫で、エノキ落葉の下で早春まで過ごします。

本土産(主として関東に生息)のアカボシゴマダラ Hestina a. assimilis は、中国大陸からの外来種(意図的放蝶が定着したもの)と考えられており、法令上特定外来生物に指定されています。これは、上記のように、国内在来種のゴマダラチョウ奄美在来種のアカボシゴマダラ亜種との生態的特性の類似性から、特に幼虫段階における食草をめぐる競合や交雑による遺伝子汚染への懸念を理由としたものです。

ゴマダラチョウおよびアカボシゴマダラの両亜種がどの程度類似性と生態的競合があるかを考える場合、ゲノムワイドなアプローチや系統進化的観点からも見ておく必要があります。これまで、ミトコンドリアDNAの部分配列に基づいて、ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの系統的類縁性と同属異種という位置づけは妥当だと考えられてきました。ここ数年来、ミトコンドリア全体(ミトゲノム、mitogenome)が解読され、アカボシゴマダラについては全ゲノムのデータも、プレプリント段階ですが報告されています。

ちなみに、私たちの遺伝子はDNAとして細胞の核の中に収納されていますが、核とは別の細胞内小器官であるミトコンドリアにもDNAがあります。ミトコンドリアDNAは核DNAとは比較にならないほど小さいサイズですが、エネルギー代謝などに関わる重要な遺伝子を含んでいます。チョウも私たちと同じ真核生物なので、当然ミトコンドリアをもっています。核DNAでなくとも、ミトゲノムを解読すれば手っ取り早く系統関係がわかります。

Wenら [1] の報告によると、アカボシゴマダラのミトゲノムは15,262 bpの大きさで、他のチョウ目種と同じ遺伝子順序をもち、13のタンパク質コード遺伝子、22の転移RNA遺伝子、2つのリボソームRNA遺伝子、そしてマクロリピート配列を持つA+T-rich領域からなるメタゾア(後生動物)の標準的なセットを含むことがわかりました。推定されたtRNAの二次構造は、ジヒドロウリジン(DHU)アームを欠くtrnS1 (AGN) を除いて、すべて共通のクローバーリーフパターンをもっていました。

Wuら [2] は、ゴマダラチョウとカバシタゴマダラ Hestinalis nama(海外種)のミトゲノムを解読しました。ゴマダラチョウとカバシタゴマダラのミトゲノムは、それぞれ15,252 bpと15,208 bpの大きさでした。この2つのミトゲノムには37の遺伝子と制御領域が含まれ、チョウ目種の典型的な構成となっていました。これは、上記のアカボシゴマダラと同じです。21のtRNA遺伝子は、やはりtrnS1 (AGN) を除いて、典型的なクローバーリーフの構造を示しました。

Wuら [2] は、これまで得られているタテハチョウ科 Nymphalidae のミトゲノムの配列に基づいて、系統解析を行ないました(図2)。ここでは、系統樹上に、主な種の和名をオレンジ色で、外国産の和名を緑色で加筆してあります。この結果、タテハチョウ科の各々の亜科の系統関係は、これまでの研究と概ね同じであることがわかりました。ただ、カバシタゴマダラはコムラサキ亜科ながら Hestina 属とは別系統であり、むしろコムラサキと単系統を形成することがわかりました。

図2からわかるように、ゴマダラチョウはアカボシゴマダラと最類縁であり、表現型や生態的特徴の類似性が裏付けられています。

図2. ミトゲノムに基づくタテハチョウ科の種の系統関係(文献 [2] からの転載図に加筆).Apaturinae コムラサキ亜科、Bibilidinae カバタテハ亜科、Nymphalinae タテハチョウ亜科、Limenitidinae イチモンジチョウ亜科、Heliconiinae ドクチョウ亜科、Danainae マダラチョウ亜科、Calinaginae クビワチョウ亜科、Satyrinae ジャノメチョウ亜科、Libytheinae テングチョウ亜科.

チョウの多くは花を求めて蜜を吸う花蜜食性ですが、アカボシゴマダラを含めた一部のタテハチョウは樹液食性をです。Zhaoら [3] は、この性質の進化的意味合いをゲノム解析によって探りました。彼らの報告によると、アカボシゴマダラのゲノムサイズは 423.87 Mbで、16,815の遺伝子が予測されました。ゲノムの大きさは、ヒトと比べると14%くらいになります。

比較ゲノム解析の結果、アカボシゴマダラは同じ樹液食性のカメハメハアカタテハVanessa tameamea(ハワイ固有種、日本のアカタテハに似ている)とクラスターを形成し、それらは吸蜜性の種であるエラートドクチョウ Heliconius erato(コロンビアなどに生息)と約7840万年前に分岐したと推定されました。つまり、樹液を吸うという性質への移行は、まだ恐竜がいる頃の古代の進化イベントであったことが示唆されたわけです。

上記のゲノム解析結果は、アカボシゴマダラの摂食戦略や摂食機能、触角の臭気検知機能などに関する様々な示唆的データを提供しています。今後、ゴマダラチョウオオムラサキなどの類縁種のゲノム解析が進むことで、これらの種の摂食性の類縁性や差異などが解明され、生態的競合の有無に関する知見も得られるのではないかと期待されます。さらに、日本産のゴマダラチョウHestina persimilis の亜種ではなく、Hestina japonica として種に格上げした記載も見られますが、ゲノム解析はこの妥当性の有無を明確にすることでしょう。

一般に、食樹として、ゴマダラチョウはエノキの高木を好み、アカボシゴマダラは低幼木を好むとされています。「ゆるむしの森」プロジェクトでも、両種の生態調査を行っていますが、これまでのところ先行研究の知見をほぼ支持する結果になっています。一方で、低木よりもより中木・亜高木に越冬幼虫が多いという報告もあり [4]、更なる調査研究の余地が残されています。

引用文献

[1] Wen, J.-P. et al.: Complete mitochondrial genome of Hestina assimilis (Lepidoptera: Nymphalidae). Mitochondrial DNA Part B, 5, 1269-1271 (2020)  https://doi.org/10.1080/23802359.2020.1731345

[2] Wu, Y. et al.: Mitochondrial genomes of Hestina persimilis and Hestinalis nama (Lepidoptera, Nymphalidae): Genome description and phylogenetic implications. Insects 12, 754 (2021). https://doi.org/10.3390/insects12080754

[3] Zhao, L. et al. Chromosome-level genome assembly of Hestina assimilis (Lepidoptera: Nymphalidae) providessights to the saprophagy in brush-footed buttery. ResearchSquare Posted Feb. 18, 2022. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1358422/v1

[4] 松本裕樹・森貴久: 外来種アカボシゴマダラと在来種ゴマダラチョウオオムラサキの越冬幼虫が利用する食餌植物のサイズ比較. 帝京科学大学紀要 17, 53–57 (2021).

              

カテゴリー:科学おもしろ話

ウマノスズクサの観察

カテゴリー:樹木と草本

カテゴリー:チョウの食草と食樹

ウマノスズクサAristolochia debilis は、ウマノスズクサウマノスズクサ属の多年生つる植物です。葉っぱは、トランプのスペードマークを引き延ばしたような形(葉先は丸い)をしていて可愛いですが、独特の臭いがあり、そして強い毒性成分(アリストロキア酸などのアルカロイド)を含んでいます。

分布は本州以南で、河川敷や道ばたなど日当たりのよいところによく生えています。公園や車道の舗道部分によくツツジなどが植えられていますが、その上から葉っぱが顔を出しているところもしばしば見かけます。伸びた地下茎から容易に新しい芽を出し、夏場は草刈りされてもすぐにまた生えてきます。

「ゆるむしの森」にも自生していて、少なくとも2カ所見ることができます。写真1は、農道と畑にの間にある土の部分に生えているウマノスズクサです。農家の方に定期的に草刈りされてしまいますが、しぶとく生えてきます。

写真1  農道脇に生えたウマノスズクサ(2022年10月11日)

写真2は、ゆるむしの森の草地部分に生えたウマノスズクサで、イネ科植物に絡み付いています。

写真2  草地に生えたウマノスズクサ(2022年10月11日)

地下茎が周辺に伸びて、新しい葉があちこちに出ています(写真3)。

写真3  新しく伸び始めたウマノスズクサ(2022年10月11日)

ウマノスズクサは、アゲハチョウ科のジャコウアゲハ Atrophaneura alcinous (Byasa alcinous)外来種ホソオチョウ Sericinus montela の食草です。ウマノスズクサはアリストロキア酸を含むことで昆虫による食害から身を守っていますが、ジャコウアゲハの幼虫はこの毒性成分をせっせと食べて体内に蓄積し、今度は自らを小鳥などの天敵から身を守っています。ホソオチョウもおそらくそうでしょう。

ゆるむしの森では、ときどきジャコウアゲハが飛んでいる姿を見ることがありますが、ウマノスズクサに幼虫がいるところはまだ確認できていません。とはいえ、周辺にもあちこちにウマノスズクサが生えているので、このエリアで発生しているのは間違いないでしょう。

というわけで、以前別の場所で撮った写真をここで紹介します。写真4は、千葉県柏市内の公園で見つけたウマノズズクサに産みつけられたジャコウアゲハの卵です、

写真4  ウマスズクサの葉の裏に産みつけられたジャコウアゲハの卵(2019年6月4日、千葉県柏市

別の葉っぱには幼虫が数匹がいました(写真5)。

写真5  ジャコウアゲハの幼虫(2019年6月4日、千葉県柏市

写真5の日から4日後の幼虫が写真6です。ジャコウアゲハの幼虫は、茎を食いちぎって他の幼虫の移動を阻止する性質があり、ちょうどそのシーンが撮れました。

写真6  ウマノズズクサの茎を食いちぎる幼虫(2019年6月8日、千葉県柏市

ちなみに、ゆるむしの森周辺ではまだホソオチョウを目撃したことはありません。埼玉県内では嵐山町や小川町に行くと比較的観察できる確率が高いです。

ゆるむしの森では、これからもウマノスズクサを注意深く見守っていきたいと思います。

      

カテゴリー:樹木と草本

カテゴリー:チョウの食草と食樹

幼虫の角は護身用

カテゴリー:科学おもしろ話

チョウ(鱗翅)目の幼虫には様々な形態があります。幼虫の形態の多様性については、進化の結果と言ってしまえばそれまでですが、どうしてそのような形をしているのかと思うほど謎めいたものが多いです。たとえばタテハチョウ科の仲間には、頭部に大きな一対の突起(角)をもつものが多いです。

例として、コムラサキ亜科のなかで、アサ科のエノキを食樹とする種の幼虫を以下に示します。写真1は、オオムラサキの脱皮直後の終齢(6齢)幼虫です。頭部に立派な一対の突起をもっています。背部には4列の突起対があるのが特徴です。

写真1  オオムラサキ Sasakia charonada の脱皮直後の終齢(6齢)幼虫(2020年5月23日、埼玉県比企郡

コムラサキ亜科の幼虫は、直射日光下では頭をもたげ、反り返る性質があります。それをねらって斜め前から頭部を撮りました(写真2)。

写真2  エノキの葉上で頭を持ち上げるオオムラサキの終齢幼虫(2020年6月3日、埼玉県比企郡

次にゴマダラチョウの終齢幼虫を示します(写真3)。同様に頭部に立派な突起対があります。背部は2−3個の突起対がみられます。

写真3  エノキ葉上のゴマダラチョウ Hestina persimilis japonica の終齢(5齢)幼虫(2020年6月26日、千葉県松戸市

写真4は横からみたところです。3つの後脚対を使って体を支えていることがわかります。このように2-3列の後脚対を支持体として体を浮かせて位置取りする姿は、コムラサキ亜科幼虫の特徴の一つです。

写真4  ゴマダラチョウの終齢(5齢)幼虫(2020年7月1日、千葉県松戸市

写真5は、越冬型の4齢幼虫です。エノキの落葉にくっついて冬眠しているところをひっくり返して撮ったものです。普通はもっと落葉の方に顔をうずめていますが、この個体は少し頭をもたげていました。夏型同様に頭部に突起対がありますが、越冬型では、突起が短くなり、先端も丸みを帯びます。

写真5  ゴマダラチョウの越冬型(4齢)幼虫(2020年12月27日、千葉県柏市

次はアカボシゴマダラです。これも立派な頭部突起対があり、ゴマダラチョウと似ていますが、背部に突起対が4列あることで区別できます(写真6)。しかし、3個しかない個体も割と見られ、慣れないと見分けがつきにくいです。

写真6  エノキの枝上を移動するアカボシゴマダラ Hestina assimilis assimilis の終齢(5齢)幼虫(2020年7月2日、千葉県印西市

写真7は頭部を正面からみたものです。

写真7  アカボシゴマダラの終齢(5齢)幼虫(2020年8月24日、千葉県白井市

このように立派な角をもつコムラサキ亜科の幼虫ですが、それはどうやら敵から身も守る盾の役割があるようです。近畿大学農学部農業生産科学科の香取郁夫准教授らの研究グループは、ゴマダラチョウの幼虫がもつ頭部突起が天敵から身を守る盾の役割を果たすことを、今年2月に英文論文で発表しました [1]。この研究成果は、大学のニュースでも解説されています [2]

このニュース解説にもありますが、研究成果の要点は以下の三つです。

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ゴマダラチョウ幼虫の最も主要な天敵はアシナガバチ類であること

●角が首を守る盾として機能することで、幼虫はハチの攻撃を効果的に防衛すること

●チョウ目幼虫の形態がもつ役割の謎を解明する世界初の研究成果

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上記のように、チョウ目の一部の種の幼虫は頭部突起をもっていますが、その役割については、これまで想像の域を脱していませんでした。すなわち、外敵から身を守るためという仮説こそ誰もが思いつくものの、調査研究によって証明はされていませんでした。

本研究では、この仮説に基づいて、まずビデオカメラを用いた長期にわたる野外調査を行ないました。その結果、ゴマダラチョウ幼虫の最も主要な天敵がアシナガバチ類であることが明らかになりました。

次に、実験的に頭部突起の役割を確かめました。角が無傷の幼虫(角有り)と、人為的に角を除去して他の個体の角を取り付けた幼虫(角接着)、単に角が除去された幼虫(角無し)を比較したところ、角有りと角接着が、角無しよりもはるかに高い確率でアシナガバチの攻撃を防衛するという結果が得られました。

アシナガバチは、攻撃の際、幼虫頭部のすぐ後ろに最初に噛みつく戦略をとることがわかりましたが、ゴマダラチョウの幼虫の角は、この攻撃から首を守る盾の役割を果たしていることがわかりました。

以上の結果から、論文では、幼虫の頭部にある硬い角が、天敵となる捕食性昆虫から身を守るために進化したことを示唆するものであると結論づけられています。

私たち「ゆるむしの森プロジェクト」でも、コムラサキ亜科の幼虫の生態を長年調査研究していますが、ハチの攻撃に幼虫が頭をもたげて応戦するシーンは何度も見たことがあります。模擬的に幼虫の頭部後ろを手でつかむと、頭をもちあげて体を反らすか、頭を左右に振りながら、激しく角を当てながら抵抗してくる姿が観察できます。

コムラサキ亜科の幼虫の天敵はハチ類だけではなく、シジュウカラなどの鳥、カマキリ、アリ(とくにシリアゲアリ類)、クモなど多数存在します。鳥やカマキリの攻撃では抵抗するまでもなくやられてしまいますが、私たちが目撃した限りにおいては、いずれの場合でも激しく頭を振り続けるシーンは見られ、相手が小さい場合は抵抗が成功する場合もあるようです。

さらに、アカボシゴマダラの幼虫の場合は、エノキの低幼木に時折多数存在し、その狭い居住空間で位置取り、移動、食餌で競合することがあり、その際も頭の角で相手を威嚇する場合があります。天敵としてのハチ類からの防御だけでなく、様々な場面で護身用、威嚇用に角を使っていることが想像されます。

引用文献

[1] Kandori, I. et al.: Long horns protect Hestina japonica butterfly larvae from their natural enemies. Sci. Rep. 12, 2835 (2022). https://doi.org/10.1038/s41598-022-06770-y

[2] KINDAI Univ. News Release: 世界初!チョウの幼虫がもつ硬い角の役割を解明 アシナガバチ類などの天敵から身を守る盾の役割を果たす. 2022.02.24. https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2022/02/035033.html

              

カテゴリー:科学おもしろ話

アカガエル

カテゴリー:生き物観察

前の記事でゆるむしの森のカエルを紹介しました(→ゆるむしの森のカエル)。そこでも少し触れましたが、森の中では頻度は少ないものの「キュッ、キュッ」とアカガエルと思われる鳴き声が聞こえることがあります。写真に収める機会がこれまでありませんでしたが、今年は9月になって2度目撃することができました。

写真1は、東側の「混成の森」付近にいたニホンアカガエル(無尾目アカガエル科)です。ヤマアカガエルやタゴガエルと似ていますが、眼の後ろからまっすぐ伸びる背側線で識別できます。

写真1  ニホンアカガエル Rana japonica(2022年9月16日)

写真2は、西側のハンノキの森にいたアカガエルで、写真1の個体よりも大きめでした。一般に、体長はオスが40–60 mm、メスが 45–70 mmで、メスの方が大きいです。

写真1  ニホンアカガエル(2022年9月26日)

ニホンアカガエルは、本州、四国、九州に分布するカエルですが、年を追って全国的に個体数が減少しており、環境指標生物の一つとしてよく取り上げられる種です。埼玉県では絶滅危惧II類(VU)に指定されています [1]。類縁のヤマアカガエル、タゴガエルも、それぞれ準絶滅危惧(NT2)、情報不足種(DD)となっています。

ニホンアカガエルは、雑木林の林床、河川敷内の湿地、水田環境などに生息し、ほかのカエルに先がけて冬から初春にかけて湿地や水田の水たまりなどに産卵します。このような生態的特性から、湿地の乾燥化や産卵場所の消失などの生息環境の悪化の影響を受けやすく、埼玉県内でも生息地と個体数はごく限られています。

その意味で、ゆるむしの森で本種が見られることは非常に貴重なわけですが、ここでも目撃回数は限られています。ゆるむしの森は基本的に落葉広葉樹の森であり、ため池や隣接する小川や水田はあるものの、冬場は森全体の乾燥が激しく、アカガエルの生息環境としては厳しいものがあります。加えて、ヘビや野鳥などの捕食動物が豊富にいます。

このような状況ですが、森と周辺の環境保全を行ないながら、注意深く見守っていきたいと思います。

引用文献

[1] 埼玉県レッドデータブック動物編>掲載種の解説 (3) 両生類 https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/129694/13reddatabook-ryouseirui.pdf

            

カテゴリー:生き物観察

オオミズアオとオナガミズアオ

カテゴリー:生き物観察

以前のブログ記事で、「ゆるむしの森」にはオナガミズアオが生息していることを記しました(→オナガミズアオ)。チョウ目ヤママユガ科に属する、きれいな青白色の大型の蛾です。最初に森の中でこの蛾を見つけたときは、てっきり類縁種(同属異種)のオオミズアオだと思いました。それほど両種は見た目が似ています。しかし、目撃できる場所や機会は圧倒的にオナガミズアオの方が少ないです。本種は環境省カテゴリーで準絶滅危惧(NT)種に指定されています [1]。ここで、あらためてオオミズアオオナガミズアオの特徴と違いを示したいと思います。

まず、オオミズアオの成虫を写真1、2に示します。

写真1  オオミズアオ Actias aliena(2018年5月27日、千葉県松戸市

写真2  オオミズアオ(2019年8月6日、千葉県松戸市

写真3–5オナガミズアオです。写真5は以前のブログ記事でも載せています(→7月のチョウ類)。

写真3  オナガミズアオ Actias gnoma(2022年4月23日、埼玉県ゆるむしの森)

写真4  オナガミズアオ(2022年6月13日、埼玉県ゆるむしの森)

写真5  オナガミズアオ(2022年7月7日、埼玉県ゆるむしの森)

オオミズアオオナガミズアオの特徴を表1に示します。両種とも翅を広げると10 cm程度になる大型の蛾ですが、オナガミズアオの方がやや小さめです。オオミズアオは翅の色の個体差が大きく、上記の写真でもわかるように、「ミズアオ」と言いながら黄ばんだ色のものが多いです。一方、オナガミズアオの場合は黄ばむことはほとんどなく、きれいな青白色です。その名前から後翅の尾状突起が長いような印象をもちますが、オオミズアオに比べて特に長いということはありません。

両種の発生は年2回です。蛹で越冬し、4–5月に羽化します。その個体が産卵したものが夏(7-8月)にまた発生します。オオミズアオオナガミズアオの生態の大きな違いは、幼虫段階で、前者がバラ科ムクロジ科(モミジ類)、ブナ科、ミズキ科などを食草とする多食性なのに対して、後者はカバノキ科(ハンノキなど)に限定されるころです。オナガミズアオの生息の局地性はここから理解できます。

表1. オオミズアオオナガミズアオの特徴

オオミズアオ(Aa)とオナガミズアオ(Ag)の判別はそれほど簡単ではありません。両者を並べて比べてみたら判断できますが、単独で見た場合、慣れていないと同定が難しいです。図1とともに判別の仕方を以下に箇条書きにします。

                

1) 翅の色がAaでは黄色がかった青白色が多く(図1上)、Agでは青白色(図1下

2) 前翅の縁の部分の赤紫色ラインがピンク色(薄く白粉をふいたような色)との二重になっているのがAa、鮮明な白色ラインが平行に走るのがAg(図1白色矢印)

3) 前翅の先端が丸みを帯びているのがAa、角張っているのがAg(図1オレンジ矢印)

4) Agではとまるときに前翅が前方方向に垂れた状態になりやすい(写真4

                

しかし、1)の翅の色は個体差が大きく、2)の二重ラインも慣れないと判別し難いかもしれません。また、♀は♂に比べて翅全体が丸くなるので、3)の前翅の角張り(Agの特徴)は曖昧になります。

図1. オオミズアオ(上)とオナガミズアオ(下)の判別の仕方

上記以外でも、後翅にある斑紋がより丸くなるのがAg、触覚の色がAaでは茶色、Agでは緑がかった茶色などの識別法がありますが、単独で見た場合にはあまりあてになりません。同定においては、上記の特徴を総合的に考慮するしかないわけですが、その中でも、オナガミズアオの特徴である「前翅縁の赤紫と白色の二重ライン」が比較的頼りになる見分け方だと思います。オナガミズアオでは頭部先端の白色と前翅縁の白色はほぼ同じ色で続きますが、オオミズアオでは頭部のみ白色が強いです。

あと、近くにハンノキ林がないのに目撃した場合には、まずオオミズアオと言って間違いないでしょう。

オオミズアオは時期になると割と普通に見ることができますが、オナガミズアオはなかなかお目にかかれませんし、近年個体数も減っているような印象を受けます。オナガミズアオは、埼玉県においても地域別危惧(RT)あるいは準絶滅危惧(NT)に指定されていることでもあり [2]、ゆるむしの森でも保護に努めています。

             

引用文献

[1] 日本のレッドデータ検索システム オナガミズアオhttp://jpnrdb.com/search.php?mode=map&q=07240235887

[2] 埼玉県レッドデータブック動物編2018 (6) 昆虫類 ③ チョウ目ガ類: https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/129694/17reddatabook-garui.pdf

             

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