ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

幼虫の角は護身用

カテゴリー:科学おもしろ話

チョウ(鱗翅)目の幼虫には様々な形態があります。幼虫の形態の多様性については、進化の結果と言ってしまえばそれまでですが、どうしてそのような形をしているのかと思うほど謎めいたものが多いです。たとえばタテハチョウ科の仲間には、頭部に大きな一対の突起(角)をもつものが多いです。

例として、コムラサキ亜科のなかで、アサ科のエノキを食樹とする種の幼虫を以下に示します。写真1は、オオムラサキの脱皮直後の終齢(6齢)幼虫です。頭部に立派な一対の突起をもっています。背部には4列の突起対があるのが特徴です。

写真1  オオムラサキ Sasakia charonada の脱皮直後の終齢(6齢)幼虫(2020年5月23日、埼玉県比企郡

コムラサキ亜科の幼虫は、直射日光下では頭をもたげ、反り返る性質があります。それをねらって斜め前から頭部を撮りました(写真2)。

写真2  エノキの葉上で頭を持ち上げるオオムラサキの終齢幼虫(2020年6月3日、埼玉県比企郡

次にゴマダラチョウの終齢幼虫を示します(写真3)。同様に頭部に立派な突起対があります。背部は2−3個の突起対がみられます。

写真3  エノキ葉上のゴマダラチョウ Hestina persimilis japonica の終齢(5齢)幼虫(2020年6月26日、千葉県松戸市

写真4は横からみたところです。3つの後脚対を使って体を支えていることがわかります。このように2-3列の後脚対を支持体として体を浮かせて位置取りする姿は、コムラサキ亜科幼虫の特徴の一つです。

写真4  ゴマダラチョウの終齢(5齢)幼虫(2020年7月1日、千葉県松戸市

写真5は、越冬型の4齢幼虫です。エノキの落葉にくっついて冬眠しているところをひっくり返して撮ったものです。普通はもっと落葉の方に顔をうずめていますが、この個体は少し頭をもたげていました。夏型同様に頭部に突起対がありますが、越冬型では、突起が短くなり、先端も丸みを帯びます。

写真5  ゴマダラチョウの越冬型(4齢)幼虫(2020年12月27日、千葉県柏市

次はアカボシゴマダラです。これも立派な頭部突起対があり、ゴマダラチョウと似ていますが、背部に突起対が4列あることで区別できます(写真6)。しかし、3個しかない個体も割と見られ、慣れないと見分けがつきにくいです。

写真6  エノキの枝上を移動するアカボシゴマダラ Hestina assimilis assimilis の終齢(5齢)幼虫(2020年7月2日、千葉県印西市

写真7は頭部を正面からみたものです。

写真7  アカボシゴマダラの終齢(5齢)幼虫(2020年8月24日、千葉県白井市

このように立派な角をもつコムラサキ亜科の幼虫ですが、それはどうやら敵から身も守る盾の役割があるようです。近畿大学農学部農業生産科学科の香取郁夫准教授らの研究グループは、ゴマダラチョウの幼虫がもつ頭部突起が天敵から身を守る盾の役割を果たすことを、今年2月に英文論文で発表しました [1]。この研究成果は、大学のニュースでも解説されています [2]

このニュース解説にもありますが、研究成果の要点は以下の三つです。

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ゴマダラチョウ幼虫の最も主要な天敵はアシナガバチ類であること

●角が首を守る盾として機能することで、幼虫はハチの攻撃を効果的に防衛すること

●チョウ目幼虫の形態がもつ役割の謎を解明する世界初の研究成果

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上記のように、チョウ目の一部の種の幼虫は頭部突起をもっていますが、その役割については、これまで想像の域を脱していませんでした。すなわち、外敵から身を守るためという仮説こそ誰もが思いつくものの、調査研究によって証明はされていませんでした。

本研究では、この仮説に基づいて、まずビデオカメラを用いた長期にわたる野外調査を行ないました。その結果、ゴマダラチョウ幼虫の最も主要な天敵がアシナガバチ類であることが明らかになりました。

次に、実験的に頭部突起の役割を確かめました。角が無傷の幼虫(角有り)と、人為的に角を除去して他の個体の角を取り付けた幼虫(角接着)、単に角が除去された幼虫(角無し)を比較したところ、角有りと角接着が、角無しよりもはるかに高い確率でアシナガバチの攻撃を防衛するという結果が得られました。

アシナガバチは、攻撃の際、幼虫頭部のすぐ後ろに最初に噛みつく戦略をとることがわかりましたが、ゴマダラチョウの幼虫の角は、この攻撃から首を守る盾の役割を果たしていることがわかりました。

以上の結果から、論文では、幼虫の頭部にある硬い角が、天敵となる捕食性昆虫から身を守るために進化したことを示唆するものであると結論づけられています。

私たち「ゆるむしの森プロジェクト」でも、コムラサキ亜科の幼虫の生態を長年調査研究していますが、ハチの攻撃に幼虫が頭をもたげて応戦するシーンは何度も見たことがあります。模擬的に幼虫の頭部後ろを手でつかむと、頭をもちあげて体を反らすか、頭を左右に振りながら、激しく角を当てながら抵抗してくる姿が観察できます。

コムラサキ亜科の幼虫の天敵はハチ類だけではなく、シジュウカラなどの鳥、カマキリ、アリ(とくにシリアゲアリ類)、クモなど多数存在します。鳥やカマキリの攻撃では抵抗するまでもなくやられてしまいますが、私たちが目撃した限りにおいては、いずれの場合でも激しく頭を振り続けるシーンは見られ、相手が小さい場合は抵抗が成功する場合もあるようです。

さらに、アカボシゴマダラの幼虫の場合は、エノキの低幼木に時折多数存在し、その狭い居住空間で位置取り、移動、食餌で競合することがあり、その際も頭の角で相手を威嚇する場合があります。天敵としてのハチ類からの防御だけでなく、様々な場面で護身用、威嚇用に角を使っていることが想像されます。

引用文献

[1] Kandori, I. et al.: Long horns protect Hestina japonica butterfly larvae from their natural enemies. Sci. Rep. 12, 2835 (2022). https://doi.org/10.1038/s41598-022-06770-y

[2] KINDAI Univ. News Release: 世界初!チョウの幼虫がもつ硬い角の役割を解明 アシナガバチ類などの天敵から身を守る盾の役割を果たす. 2022.02.24. https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2022/02/035033.html

              

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