ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの類縁性

カテゴリー:科学おもしろ話

ゴマダラチョウは日本を代表するタテハチョウ科のチョウです。翅の模様はまさしく胡麻斑(ごまだら)という感じですが、実際は黒地に白い斑紋があると言った方が正確でしょう(図1上)。近い種としてアカボシゴマダラがいます。こちらはゴマダラチョウに比べて白い模様が線状に流れており、縁側の斑紋も小さく、かつ後翅に赤い斑紋(赤星)があります(図1下)。サイズはゴマダラチョウより一回り大きいです。

静止しているときは、両種の識別は容易ですが、樹木の周りを飛んでいるときはよく見ないとわかりづらいです。

図1. ゴマダラチョウ Hestina persimilis japonica(上)とアカボシゴマダラ Hestina assimilis assimilis(下).右側の写真は両種とも白化型(春〜初夏の1化目の個体)を示す.

ゴマダラチョウとアカボシゴマダラは、コムラサキ亜科 Apaturinae、Hestina 属に分類されています。ちなみに、"hestina" はギリシャ語で囲炉裏や家族を意味する言葉で、ギリシャ神話の炉辺と家庭の守護神ヘスティア(Hestia)に由来します。属名では、単数形女性語尾の-inaが組み合わさって、Hestina となっています。

ゴマダラチョウの種形容名 "persimilis" は、「とても似た(very similar)」という意味で、亜種名の "japonica" は文字通り、「日本の」という意味です。一方、アカボシゴマダラの "assimilis" は、これも「〜のような(like)」という同じような意味です。亜種名は、日本本土産は名義亜種(基準になる亜種)なのでそのまま assimilis となります。日本では鹿児島県奄美諸島において、これとは異なる亜種(Hestina a. shirakii)が生息しています。

このようにゴマダラチョウとアカボシゴマダラは同属種で、表現型(目に見える形や性質)も生態もきわめて類似しています。幼虫は同じアサ科のエノキやエゾエノキを食樹とし(→幼虫の角は護身用参照)、成虫は関東地方では少なくとも5月、7月、8月下旬−9月の年3回発生します。越冬態は4齢幼虫で、エノキ落葉の下で早春まで過ごします。

本土産(主として関東に生息)のアカボシゴマダラ Hestina a. assimilis は、中国大陸からの外来種(意図的放蝶が定着したもの)と考えられており、法令上特定外来生物に指定されています。これは、上記のように、国内在来種のゴマダラチョウ奄美在来種のアカボシゴマダラ亜種との生態的特性の類似性から、特に幼虫段階における食草をめぐる競合や交雑による遺伝子汚染への懸念を理由としたものです。

ゴマダラチョウおよびアカボシゴマダラの両亜種がどの程度類似性と生態的競合があるかを考える場合、ゲノムワイドなアプローチや系統進化的観点からも見ておく必要があります。これまで、ミトコンドリアDNAの部分配列に基づいて、ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの系統的類縁性と同属異種という位置づけは妥当だと考えられてきました。ここ数年来、ミトコンドリア全体(ミトゲノム、mitogenome)が解読され、アカボシゴマダラについては全ゲノムのデータも、プレプリント段階ですが報告されています。

ちなみに、私たちの遺伝子はDNAとして細胞の核の中に収納されていますが、核とは別の細胞内小器官であるミトコンドリアにもDNAがあります。ミトコンドリアDNAは核DNAとは比較にならないほど小さいサイズですが、エネルギー代謝などに関わる重要な遺伝子を含んでいます。チョウも私たちと同じ真核生物なので、当然ミトコンドリアをもっています。核DNAでなくとも、ミトゲノムを解読すれば手っ取り早く系統関係がわかります。

Wenら [1] の報告によると、アカボシゴマダラのミトゲノムは15,262 bpの大きさで、他のチョウ目種と同じ遺伝子順序をもち、13のタンパク質コード遺伝子、22の転移RNA遺伝子、2つのリボソームRNA遺伝子、そしてマクロリピート配列を持つA+T-rich領域からなるメタゾア(後生動物)の標準的なセットを含むことがわかりました。推定されたtRNAの二次構造は、ジヒドロウリジン(DHU)アームを欠くtrnS1 (AGN) を除いて、すべて共通のクローバーリーフパターンをもっていました。

Wuら [2] は、ゴマダラチョウとカバシタゴマダラ Hestinalis nama(海外種)のミトゲノムを解読しました。ゴマダラチョウとカバシタゴマダラのミトゲノムは、それぞれ15,252 bpと15,208 bpの大きさでした。この2つのミトゲノムには37の遺伝子と制御領域が含まれ、チョウ目種の典型的な構成となっていました。これは、上記のアカボシゴマダラと同じです。21のtRNA遺伝子は、やはりtrnS1 (AGN) を除いて、典型的なクローバーリーフの構造を示しました。

Wuら [2] は、これまで得られているタテハチョウ科 Nymphalidae のミトゲノムの配列に基づいて、系統解析を行ないました(図2)。ここでは、系統樹上に、主な種の和名をオレンジ色で、外国産の和名を緑色で加筆してあります。この結果、タテハチョウ科の各々の亜科の系統関係は、これまでの研究と概ね同じであることがわかりました。ただ、カバシタゴマダラはコムラサキ亜科ながら Hestina 属とは別系統であり、むしろコムラサキと単系統を形成することがわかりました。

図2からわかるように、ゴマダラチョウはアカボシゴマダラと最類縁であり、表現型や生態的特徴の類似性が裏付けられています。

図2. ミトゲノムに基づくタテハチョウ科の種の系統関係(文献 [2] からの転載図に加筆).Apaturinae コムラサキ亜科、Bibilidinae カバタテハ亜科、Nymphalinae タテハチョウ亜科、Limenitidinae イチモンジチョウ亜科、Heliconiinae ドクチョウ亜科、Danainae マダラチョウ亜科、Calinaginae クビワチョウ亜科、Satyrinae ジャノメチョウ亜科、Libytheinae テングチョウ亜科.

チョウの多くは花を求めて蜜を吸う花蜜食性ですが、アカボシゴマダラを含めた一部のタテハチョウは樹液食性をです。Zhaoら [3] は、この性質の進化的意味合いをゲノム解析によって探りました。彼らの報告によると、アカボシゴマダラのゲノムサイズは 423.87 Mbで、16,815の遺伝子が予測されました。ゲノムの大きさは、ヒトと比べると14%くらいになります。

比較ゲノム解析の結果、アカボシゴマダラは同じ樹液食性のカメハメハアカタテハVanessa tameamea(ハワイ固有種、日本のアカタテハに似ている)とクラスターを形成し、それらは吸蜜性の種であるエラートドクチョウ Heliconius erato(コロンビアなどに生息)と約7840万年前に分岐したと推定されました。つまり、樹液を吸うという性質への移行は、まだ恐竜がいる頃の古代の進化イベントであったことが示唆されたわけです。

上記のゲノム解析結果は、アカボシゴマダラの摂食戦略や摂食機能、触角の臭気検知機能などに関する様々な示唆的データを提供しています。今後、ゴマダラチョウオオムラサキなどの類縁種のゲノム解析が進むことで、これらの種の摂食性の類縁性や差異などが解明され、生態的競合の有無に関する知見も得られるのではないかと期待されます。さらに、日本産のゴマダラチョウHestina persimilis の亜種ではなく、Hestina japonica として種に格上げした記載も見られますが、ゲノム解析はこの妥当性の有無を明確にすることでしょう。

一般に、食樹として、ゴマダラチョウはエノキの高木を好み、アカボシゴマダラは低幼木を好むとされています。「ゆるむしの森」プロジェクトでも、両種の生態調査を行っていますが、これまでのところ先行研究の知見をほぼ支持する結果になっています。一方で、低木よりもより中木・亜高木に越冬幼虫が多いという報告もあり [4]、更なる調査研究の余地が残されています。

引用文献

[1] Wen, J.-P. et al.: Complete mitochondrial genome of Hestina assimilis (Lepidoptera: Nymphalidae). Mitochondrial DNA Part B, 5, 1269-1271 (2020)  https://doi.org/10.1080/23802359.2020.1731345

[2] Wu, Y. et al.: Mitochondrial genomes of Hestina persimilis and Hestinalis nama (Lepidoptera, Nymphalidae): Genome description and phylogenetic implications. Insects 12, 754 (2021). https://doi.org/10.3390/insects12080754

[3] Zhao, L. et al. Chromosome-level genome assembly of Hestina assimilis (Lepidoptera: Nymphalidae) providessights to the saprophagy in brush-footed buttery. ResearchSquare Posted Feb. 18, 2022. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-1358422/v1

[4] 松本裕樹・森貴久: 外来種アカボシゴマダラと在来種ゴマダラチョウオオムラサキの越冬幼虫が利用する食餌植物のサイズ比較. 帝京科学大学紀要 17, 53–57 (2021).

              

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