ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

アキニレ

カテゴリー:チョウの食草と食樹

       

アキニレ Ulmus parvifolia(ニレ科ニレ属) ●食樹とする(葉を食べる)幼虫のチョウ種:ヒオドシチョウタテハチョウ科タテハチョウ亜科

落葉高木で、樹高 10~15 m になります。樹皮は灰色~灰褐色で、不規則な鱗片状に剥がれてまだら模様となります。亜高木には樹皮に赤い粒々があります。葉は濃緑色で、厚みがあり、やや硬く、丸みを帯び、全体に鋸歯があります。他の落葉樹と比べると成長はやや遅いです。ゆるむしの森では最も多く見られる樹木です。

シータテハやカラスシジミの食樹にもなりますが、これらのチョウは山地性で、この地域(埼玉県中央・東部)には生息していません。

アキニレの葉にはアキニレヨスジワタムシ(アブラムシ科タマワタムシ亜科)が虫こぶをつくります。鮮やかな赤い葉瘤でアキニレハフクロフシとよばれています(以下写真右)。

秋になると淡い緑色の実がなります。

ゆるむしの森にはアキニレがたくさんあるせいか、様々なチョウが葉上にとまる姿を目撃できます。

アキニレの特徴の一つは、樹液が豊富なことです。ヤナギ類とともに、虫たちの樹液レストランの場になります。5月から夏にかけて、タテハチョウの仲間、スズメバチ、甲虫類などがたくさん集まります。クワガタやカミキリムシは幹に穴を開けて入り込みます。

        

カテゴリー:チョウの食草と食樹

ハンノキ

カテゴリー:チョウの食草と食樹

          

ハンノキ Alnus japonica(カバノキ科ハンノキ属) ●食樹とする(葉を食べる)幼虫のチョウ種:ミドリシジミシジミチョウ科

落葉高木で、高さ10~20mになります。湿気の多い低地,湿地に生える木で、水田の周囲や水田耕作放棄地に繁殖する例が多く見られます。ゆるむしの森のハンノキ林もこの例です。アクチノミセス門(Actinomycetota)の窒素固定細菌であるフランキア菌と共生しており、痩せ地でも旺盛に生育します。

6月になると葉上に羽化しばかりのミドリシジミの成虫を見ることができます。早春には越冬卵からふ化した幼虫の姿を葉上や枝上に見ることができますが、すぐに葉を巻いてそのなかに隠れて過ごすようになります。

冬〜早春の落葉したハンノキの林と新緑の林は対照的な趣があります。

        

カテゴリー:チョウの食草と食樹

ヤナギ類

カテゴリー:チョウの食草と食樹

          

カワヤナギ Salix gilgiana(ヤナギ科ヤナギ属) ●食樹とする(葉を食べる)幼虫のチョウ種:コムラサキタテハチョウ科コムラサキ亜科

落葉小高木で、高さ 3〜10 m になります。ゆるむしの森では最も多いヤナギで、コムラサキの幼虫が最もよく発生します。樹液も豊富で、甲虫類やスズメバチが集まります。

ヤナギ類の樹皮はゴツゴツしていて、コムラサキの幼虫はこの樹皮の隙間に身をひそめて越冬します。越冬幼虫の大きさは 10 mm 弱で、保護色になっているので、目を凝らさないと見つけられません↓。

          

マルバヤナギ Salix chaenomeloides(別名:アカメヤナギ、ヤナギ科ヤナギ属) 食樹とする(葉を食べる)幼虫のチョウ種:コムラサキタテハチョウ科コムラサキ亜科

落葉高木で、高さ 10〜20 m になります。ヤナギ類の葉は一般的に細長いですが、マルバヤナギはその名のとおり、葉が丸みを帯びた楕円形で、縁には小さな鋸歯があります。

果実は6月頃に裂開し、白い綿毛に包まれた小さな種子を飛ばします。初夏にはふわふわとした雪のように舞う姿が見られます。若葉は赤味を帯び、別名アカメヤナギの由来になっています、

他のヤナギと同様、樹液が豊富でタテハチョウ科の仲間、クワガタムシなどの甲虫類、スズメバチなどがよく集まります。

          

カテゴリー:チョウの食草と食樹

チョウの食草と食樹

ゆるむしの森に生息する、あるいはこの森と周辺で目撃できたチョウ種を中心に、幼虫の食草、食樹として発生・生育を確認できたものをこのページに記します。樹木と草本の和名のアイウエオ順に並べてあります。幼虫のチョウ種については、埼玉県東部に生息が確認されているものを中心を挙げてありますが、必ずしもゆるむしの森に生育しているものではありません。

●樹木

アキニレ(ニレ科)

アラカシ(ブナ科)

イボタノキ(モクセイ科)

イヌシデ(カバノキ科)

イロハモミジ(ムクロジ科)

エノキ(アサ科)

オニグルミ(クルミ科)

クズ(マメ科

クスノキクスノキ科

クチナシ(アカネ科)

クヌギ(ブナ科)

ケヤキ(ニレ科)

コナラ(ブナ科)

サクラ類(バラ科

サルトリイバラ(サルトリイバラ科

シラカシ(ブナ科)

スイカズラスイカズラ科)

チャノキ(ツバキ科)

ナンテン(メギ科)

ネズミモチ(モクセイ科)

ネムノキ(マメ科

ノイバラ(バラ科

ハギ類(マメ科

ハリエンジュ(ニセアカシアマメ科

ハンノキ(カバノキ科)

ヒメウツギアジサイ科)

マテバシイ(ブナ科)

ミカン類(柑橘類、ミカン科)

ミズキ(ミズキ科)

ムクノキ(ニレ科)

ムクロジムクロジ科)

ヤナギ類(ヤナギ科)

草本

アブラナ(ナノハナ、アブラナ科

アレチヌスビトハギ(マメ科

イヌガラシとスカシタゴボウアブラナ科

ウマノスズクサウマノスズクサ科)

エノコログサ(イネ科)

オギ(イネ科)

オニドコロ(ヤマノイモ科)

オヒシバ(イネ科)

ガガイモ(キョウチクトウ科

カナムグラ(アサ科)

ガマ(ガマ科)

カラスノエンドウマメ科

カラムシ(イラクサ科)

カタバミカタバミ科

カモジグサ(イネ科)

ギシギシ(タデ科

クサネムマメ科

シソ(シソ科)

ジュズダマ(イネ科)

シロツメクサマメ科

スイバ(タデ科

ススキ(イネ科)

スミレ類(スミレ科)

セイバンモロコシ(イネ科)

タネツケバナアブラナ科

チガヤ(イネ科)

チカラシバ(イネ科)

チヂミザサ(イネ科)

ナズナアブラナ科

ヌカキビ(イネ科)

ハハコグサ(キク科)

ムラサキツメクサマメ科

メダケ(イネ科)

メヒシバ(イネ科) 

ヤブマオ(イラクサ科)

ヨシ(アシ、イネ科)

ヨモギ(キク科)

        

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秋はキチョウの最盛期

カテゴリー:生き物観察

キチョウ(キタキチョウEurema mandarina は、モンシロチョウと並んで、シロチョウ科のなかで最も普通に見られる種です。発生時期は概ね3月から11月までですが、成虫で越冬するので、ほぼ一年中見ることができます。特に秋は個体数が増えます。

ゆるむしの森でもキチョウは秋が最盛期で、10月から11月初旬にかけて大発生します。この森では、ハギ類、ハリエンジュ(ニセアカシア)、クサネムなどに産卵や幼虫の姿を頻繁に見ることができますが、秋には特にハギ類の枝に蛹が連なっているのが観察できます。この記事で、いまの時期のキチョウの姿を紹介します。

写真1は、地面の枯れ草の痕に集団でとまっている成虫の姿です。

写真1  枯れ草の痕に集団でとまるキチョウ(2023年10月2日)

写真2は交尾中でキチョウです。上が雄、下が雌です。

写真2  アカメガシワの葉にとまる交尾中のキチョウ(2023年10月2日)

この時期のハギは、葉が幼虫に食べられて丸裸になっていることも多いですが、写真3、4はそのうちの一つで、蛹がたくさんついていました。

写真3  ハギの枝上で蛹になったキチョウ(2023年10月11日)

写真4  ハギの枝上の蛹(糸で体を支えている)(2023年10月11日)

いまハギについている蛹は次から次への羽化しています。羽化したばかりの個体に異性が飛んできて、早速交尾をする姿も見られます(写真5、6)。

写真5  ハギの枝上で羽化した個体と早速交尾を始めたペア(写真左)(2023年10月13日)

写真6  ハギの枝上で空の蛹を挟んで後尾中のキチョウ(写真5のペアの1時間後)(2023年10月13日)

キチョウの大発生はいましばらく続きます。11月まで乱舞する姿が楽しめそうです。

      

カテゴリー:生き物観察

9月のチョウ-2023

カテゴリー:生き物観察

今年は10月に入って、やっと秋らしい気温になってきました。この記事では、まだまだ暑かった9月のゆるむしの森で見られたチョウを載せます。ジャコウアゲハゴマダラチョウは別ページで紹介していますので、その他の代表的なものについて写真をアップします。

種の数については基本的には8月とほとんど変わりはありませんが、個体数に大きな違いがあります。まずはキチョウ(キタキチョウ)です(写真1)。9月に入ってぐんと個体数を増し、今最も多い種になりました。モンシロチョウが激減したのとは対照的です。

↑写真1  キチョウ Eurema hecabe(2023年9月25日)

タテハチョウの仲間で秋に最も多く見られるのがキタテハです(写真2)。10月から11月にかけて最盛期になります。

↑写真2  クワの葉上でやすむキタテハ Polygonia c-aureum(2023年9月10日)

コムラサキは9月に3化目の個体が多く見られます(写真3)。午前中に目撃できることは少なく、お昼をかなり過ぎてから夕方まで、飛翔する姿を見ることができます

↑写真3  エノキの葉上で静止するコムラサキ Apatura metis(2023年9月25日)

写真4はイチモンジチョウです。9月まではまだ十分に目撃できます。

↑写真4  下草の葉上に静止するイチモンジチョウ Limenitis camilla(2023年9月10日)

これも9月まではよく目撃できるアサマイチモンジです(写真5)。この日は、イチモンジチョウと戯れ合っていました。

↑写真5  カキノキの葉にとまるアサマイチモンジ Limenitis glorifica(2023年9月10日)

写真6はコミスジです。10月まで見ることができます。

↑写真6  葉上でやすむコミスジ Neptis sappho(2023年9月17日)

ジャノメチョウ亜科のなかでは、いま最も多く見られるのがヒメジャノメです(写真7)。

↑写真7  ヒカゲイノコヅチにとまるヒメジャノメ Mycalesis gotama(2023年9月1日)

盛夏には減っていたヒカゲチョウですが、サトキマダラヒカゲと交代するように、9月になってよく見られるようになりました(写真8)。

↑写真8  ヒカゲチョウ Lethe sicelis(2023年9月16日)

シジミチョウのなかでは、目撃回数が少ないムラサキシジミですが、運がいいと時々翅を開いている姿を見ることができます(写真9)。

↑写真9  ムラサキシジミ Narathura japonica (2023年9月25日)

9月になって俄然姿を現すようになったのが、ウラナミシジミです(写真10)。いま森の中で乱舞しています。

↑写真10  交尾中のウラナミシジミ Lampides boeticus(2023年9月17日)

1年を通じて最も普通のシジミチョウの一つがヤマトシジミです(写真11)。

↑写真11  ヤマトシジミ Zizeeria maha(2023年9月1日)

目撃頻度は少ないセセリチョウがダイミョウセセリです(写真12)。

↑写真12  ダイミョウセセリ Daimio tethys(2023年9月1日)

イチモンジセセリは最も普通のセセリチョウ種の一つですが、9月になってさらに増えてきました(写真13)。

↑写真13  オギの葉上にとまるイチモンジセセリ Parnara guttata(2023年9月25日)

イチモンジセセリと並んで今最も個体数が多いのが、チャバネセセリです(写真14)。

↑写真14  チャバネセセリ Pelopidas mathias(2023年9月25日)

オオチャバネセセリは夏に最も多いセセリチョウ種でしたが、9月になって上記2種にその座を譲りつつあります(写真15)。

↑写真15  オオチャバネセセリ Zinaida pellucida(2023年9月10日)

セセリチョウの中では、比較的珍しいのがミヤマチャバネセセリですが、春から初秋まで比較的長い期間見ることができます(写真16)。

↑写真16  ミヤマチャバネセセリ Pelopidas jansonis(2023年9月17日)

秋が深まれば、さらに目撃できる種数は少なくなりますが、一部のチョウ(キチョウやキタテハ)はさらに個体数が多くなると思います。

      

カテゴリー:生き物観察

「母の木 (Mother Tree)」仮説

カテゴリー:科学おもしろ話

はじめに

みなさんは"Mother Tree hypothesis"(母の木仮説、母樹仮説)というのをご存知でしょうか。ドイツの森林学者ペーター・ヴォールレーベン(Peter Wohlleben)が書いた"The Hidden Life of Trees"という本 [1]下図で一躍注目の的となった興味深い仮説です。簡単に言うと、森の中で成熟した樹木(母の木)が、周りの子孫の面倒をみたり、樹木同士が互いの世話をするというもので、樹木の根をつなぐ菌根菌ネットワークで栄養のやり取りをしている、とされています。

本書は、ヴォールレーベンが管理するドイツ西部の町ヒュンメル近郊のブナ林に生育する樹木の一生を綴ったものです。彼は、樹木が人間のような感覚を持ち、お互いコミュニケーションを行なっていると論じています。本の中では、スウェーデン北部にある推定樹齢(実に)9550 年の小さなニョロニョロしたトウヒの木も紹介されています。ちなみに、ヴォールレーベンは自然保護論者として執筆しており、この仮説について未知の部分が多いことも認めています。

樹木の根っこには、菌根菌とよばれる真菌(カビ)の仲間が共生していることはよく知られています。菌根菌は二つに大別されます。一つはアーバスキュラー菌根菌(arbuscular mycorrhiza)とよばれるもので、維管束植物の80%に存在すると言われ、細胞内に菌糸を伸ばして共生しています。もう一つは、菌糸が根の細胞壁の内側に侵入しない外生菌根菌とよばれるものです(典型的には樹木に生えるキノコ)。

母の木仮説では、成熟した大木を中心として、周囲の樹木がアーバスキュラー菌根菌の菌糸で結ばれており、栄養のやり取りをしていると説明されています。この仮説については、昨年、NHKスペシャル「超進化論 植物の秘密 森の地下には〇〇が!」[2] でも紹介され、再放送もありましたので、ご覧になった方も多いと思います。

一方で、この仮説に対して、科学的証拠はないとする批判もあります。今月にも、ちょうど批判論文の一つが出版されました(後述)。そこで、このブログ記事では、母の木仮説とはどういうものか、樹木をつなぐネットワークとコミュニケーションとは何か、批判文献も挙げながら紹介します。

1. ネイチャー誌の書評記事

ヴォールレーベンの著書が出版された2016年、ネイチャー誌は、すぐに「樹木の社会」というタイトルで、本の書評記事を掲載しました [3]。樹木はネットワーカーであり、根を通じて互いにコミュニケーションをとり、これに関連する菌根菌は、樹木をつなぐ一種の地中インターネットを形成し、隣人同士の間でメッセージや栄養さえもやり取りしている、と紹介し、魅力的で多くの新しい科学が織り込まれていると評しています。

また、樹木はおいしい若葉を狙う昆虫の猛攻を受け身で我慢しているわけでもない、侵入した木々から風に乗って運ばれてくる化学的シグナルによって、森の仲間たちは自分たちの化学兵器をパワーアップさせる、ドングリやクヌギが大豊作になるときもあれば、1年間休眠するときもある、樹木は天候や栄養に対する反応を共有している、と記述しています。

樹木は見た目以上に、種の中で協力的であり、その相互作用は生涯の中で複雑です。この隠れた地中ネットワークによって、光合成を効果的に行うには光が届きにくい下層部の小さな木々が育ち、母の木の「子供」たちは、老木が倒れるまで時を待ち、下層部の劣等生がついに空を目指す機会を得ます。ヴォールレーベンは、樹木の世代が織り成す森のゆったりとしたドラマを、人間の伐採や森林管理によってしばしば中断される生態学的歩みを理想的に描写していると、ネイチャー記事は讃えています。

植物と動物の区別は、結局のところ、人間の恣意的なものであるかもしれませんが、それは17億年以上もの間、系統発生的に分離し、その間、2つの王国はそれぞれの道を歩んできたことも事実です。系統的相違を超えて、共通の問題には、同じような解決策が必要です。植物生化学者のアンソニー・トレワヴァスなどの学者が示しているように、コミュニケーションと栄養は普遍的なものである、とネイチャー記事は書いています。

ネイチャー記事が示すまでもなく、地球上のあらゆる真核生物は、アーキアの祖先細胞を母体として成り立っています。これらの中で、偶然にも古代の光合成細菌(藍色細菌)を取り込み、葉緑体として共生進化させ、陸上生活を始めたのが樹木と草本です。ミトコンドリアのみしか共生進化させることができなかった動物やその他の真核生物は、植物の一次生産に従属する生物となりました。これらのすべての生物種に共通して、化学シグナルによるコミュニケーションと栄養伝達があることは、当然推察できることです。

2. 菌根ネットワークの実証研究

母の木仮説の基本になった疑問の一つは、何世紀も前に伐採された木が、どうしてまだ生きていられるのだろう?ということです。当然、葉がなければ光合成をすることができませんが、古代の木は、何百年もの間生きており、明らかに他の方法で栄養を摂取していたのでは?という仮説に帰結します。

この樹木のコミュニケーションという謎の下には、科学研究の興味深い新境地が広がっていました。科学者たちは、この新境地での研究テーマに取り組み、やがて、隣り合う樹木が根系を通して互いに助け合っていることを発見します。直接的には根を絡ませることによって、間接的には根の周囲に菌類ネットワークを成長させることによって、別々の樹木をつなぐ拡張神経系のような役割を果たしている状況証拠を得ました。

2-1. シマード氏らの研究

ヴォールレーベンの書にも引用されていますが、1997年にネイチャー誌に掲載されたブリティッシュ・コロンビア大学の森林生態学教授、スザンヌ・シマード(Suzanne W. Simard)らの論文 [4] は、この分野での萌芽的実証研究です。この研究は、樹木の根と菌類が協力し合うネットワークが存在するという事実を実験で突き止めました。

それまでの研究で、異なる植物種が、同種の菌根菌と適合し、共通の菌糸によって互いに連結することができるということは知られていました。また、菌糸体を介した炭素、窒素、リンの移動は、実験室スケールで頻繁に測定されていました。しかし、これらの移動が双方向であるかどうか、一方の植物が接続されたパートナーよりも正味の利益があるかどうか、または移動が圃場での植物のパフォーマンスに影響を与えるかどうかは不明でした。

そこで、シマード教授らは、フィールドおける相互同位体標識法(安定同位体 13C と放射性同位体 14Cを用いた標識)を用いて、外生菌根樹木種の間の双方向の炭素移動を調べました。その結果、双方向の炭素移動が認められ、光合成による炭素同位体取り込みの平均 6% に相当することがわかりました。外生菌根を持たない種の苗木は少量の同位体しか吸収しないことから、外生菌根種の間の炭素移動は主に直接菌根経路を通じて行われることが示唆されました。

一方向の移動の大きさは、「受け手」植物の遮光、「提供」植物のリンによる施肥、または窒素固定植物と窒素固定を行わない受け手植物の使用によって影響を受ける可能性があり、移動はソース-シンク "source-sink"(現象の発生源とそれが消滅する場所)の関係によって支配されることが示唆されています。

シマード教授は、この栄養を巡るネットワークの関わりの例として、試験圃場でシラカバが伐採された場所では、ダグラスモミの成長が低下していることを指摘しています。この研究の知見は、ウッド・ワイド・ウェブ(wood wide web)として知られるようになっています。

シマード教授らは、"The Mother Tree Project"という研究組織を立ち上げ、ウェブサイトで公開しています。このプロジェクトは、気候変動に伴う生物多様性、炭素貯留、森林再生を保護するための森林更新手法を研究していると紹介されています。対象地域として、ブリティッシュ・コロンビア州の9つの気候地域にまたがるダグラスファー林において、母の木(老齢の大木)とその近隣樹木、および再生可能な苗木の混合林の様々な保持レベルを比較するものである、と紹介されています。

2-2. 門脇浩明氏らの研究

母の木仮説に関連する研究はたくさんありますが、その中でも京都大学門脇浩明氏らの研究は、その説を支持するものであり、かつユニークです [5]。ここで紹介したいと思います。

それまでの研究から、アーバスキュラー菌根菌と共生する樹種では、同種の植物が発芽して育つ(実生が育つ)ことが難しい反面、異種の実生が育ちやすいことが知られていました。一方、外生菌根菌と共生する樹種においては、その根元で同種の実生のほうが異種に実生よりも育ちやすい現象が確認されていました。しかし、これらの菌根菌がどのような場合にネットワークを形成して土壌環境変化を引き起こし、森林のダイナミクスに影響するのかはわかっていませんでした。

門脇氏の研究チームは、菌根菌が森林における樹木の多種共存を促進したり、植生の移り変わりを加速したりするかどうかを検証しました。彼らの研究のユニークな点は、大きなスケールで生態系を新しく創成することから始めたことです、すなわち、新しい土10トンを1.2メートル四方の36区画に投入し、菌根菌を保有している苗木と母樹を植えてミニ森林群集を形成させ、それを実験区としました。そこに、菌根菌に感染していない実生苗を植え、2年間にわたって実生苗の成長を追跡しました。これらのフィールドワークとラボワークは100名にのぼるアルバイト学生が関わっていることも記されています。

収穫した実生苗は、部位ごとに分けて重量測定を行なうと同時に画像データ化しました。また、すべての親樹と実生苗について菌根菌の種類を共有しているのかどうかについて検証するために、菌根サンプルからDNAを抽出し、リボソームRNA大サブユットの介在配列を標的として真菌のユニバーサルプライマーでPCR増幅し、それを次世代シークエンサー(Roche 454 GS Junior)で解析しました。

その結果、アーバスキュラー菌根と外生菌根のいずれの場合の実生にとっても、系統的不一致の菌根群よりも一致した菌根群のもとで育った場合に成長がよくなることがわかりました。菌根の系統型が一致した場合、アーバスキュラー菌根の実生の成長は、異種樹木よりも同種樹木のもとで育った場合に成長が悪くなる傾向がみられ(負の植物土壌フィードバック)、外生菌根の場合は、同種樹木のもとで育ったときによく良くなる傾向がみられました(正の植物土壌フィードバック)。

さらに、これらの成長の違いが見られた処理区で土壌中の菌根菌を調べると、菌根タイプが一致した場合にのみ樹木と実生をつなぐ菌根ネットワークが形成されている可能性が示唆され、外生菌根の実生でこの傾向が顕著にみられました。

この研究は、地中の菌根菌ネットワークが物質移動に関与していることを直接証明したものではありませんが、このネットワークが、森林における樹木の多種共存の原動力だけでなく、植生の移り変わりを加速する原動力にもなる可能性を示唆するものです。このように、森林の群集構造と社会が、菌類のネットワークに支えられている可能性は強く示唆されるわけですが、これを確固たるものにするためには、菌根微生物と土壌中のフリーの微生物に分けた物質移動の研究アプローチが必要でしょう。

2. 母の木仮説の批判

上述した母の木仮説やそれに関わる実証研究に対しては、批判もあります。スウェーデン農業科学大学のニルス・ヘンリクソン(森林生態学・森林管理)の研究チームは、母の木仮説における菌根ネットワークの関わりは不明として、査読論文上でこの仮説の批判を展開しました [6]

一方で、資源のやり取りが知られている唯一の例として、菌従属栄養植物が挙げられています。外生菌根菌から植物-菌界面への大きな炭素フラックスを可能にする生理学的メカニズムの候補は知られていないけれども、菌従属栄養植物は他の植物から炭素の一部または全部を受け取っており、それによって菌根菌ネットワークが植物間で資源を(再)分配する能力があることを示している、と述べています。このように、資源の移動が受け入れ植物にとって重要であることが示されている唯一の例が、植物が菌根菌に寄生し、間接的に近隣の植物から資源を奪う場合であるということです。

最新のロビンソンら(Robinson, D. G. et al.)の論文は、母の木仮説の検証として、"Hidden Life of Trees"と"Finding the Mother Tree"の二冊の本を取り上げ、やり玉に挙げています [7]。これらを、科学的根拠がないにもかかわらず、樹木が人間的な特徴を持つという考えを広めた、非常に人気がある本と皮肉っています。

その上で、母の木仮説を検証すると、この概念を支持するデータの多くに欠陥があり、おそらく存在しないことさえ明らかになるとまで言い切っています。この仮説は、森の木の成長に関する多くの有名な観察結果とも相容れないし、森林の成熟した樹木が、共通の菌根ネットワークを通じて子孫と優先的にコミュニケーションをとっているという主張を裏付ける証拠は、既出査読論文からは何一つ得られていない、と主張しています。

おそらく、"Hidden Life of Trees"の著者のペーター・ヴォールレーベンが自然保護論者という点を念頭においた主張だと思いますが、著者らは、母の木仮説の概念の起源は、植物の生命を人間的なものにしたいという願望からきているようだと述べています。これは、誤解や誤った解釈を招き、森林保護という称賛に値する大義を助けるどころか、むしろ害を及ぼすことになりかねないとしています。

彼らの批判は本の出版社にまで及び、投稿された本の原稿が事実を扱っているのか、それともファクションを扱っているのかを判断する努力をしていないと、その責任を問う主張をしています。さらに、擬人化された言葉で根拠に乏しい物語を一般人に伝えることは、売る側にとっては好都合と、商業主義批判まで展開しています。

これらの批判論文の結論は、植物間で炭素が移動している証拠はあるが、菌根菌ネットワークの重要性は依然として不明であり、そのような移動による潜在的な成長効果についての証拠は不足しているというものです。同様に、窒素も植物間を低い規模で移動する可能性があるけれでも、このネットワーク接続が必要であるという決定的な証拠はない、としています。

そして、菌根菌ネットワークを媒介とした樹木間の資源共有に関する研究アプローチとして用いられている同位体解析の解釈を見直すべきだと主張しています。菌類戦略の結果として、炭素が共有される別の間接的メカニズムが想定可能で、苗木による地下の炭素吸収がより簡潔な仮説を提供する、としています。

ちなみに、これらの「母の木仮説」批判論文には、たくさんの文献が引用されていますが、なぜか門脇氏らの論文 [5] はスルーされています。

おわりに

母樹を中心に周辺の樹木を結ぶ菌根菌ネットワークが形成され、森林社会が成立するという考え方は魅力的で、私たちの「ゆるむしの森プロジェクト」が森の中の活動を通じて普段経験している様々な現象を説明するにも都合のよいところはあります。人間は事あるごとに樹木を簡単に伐採してしまいますが、樹木も生物であり、人類がまだ知り得ない重要な事柄をもちろん認識することなしに、森林伐採や管理を行なっているのかもしれません。この意味で、森林社会の真の姿が、少しでも早く解き明かされていくことを願うものです。

「母の木仮説」批判者は、森林に人間的なものを投影させることで、森林の実像を歪曲してしまう危険性を指摘しています。科学的証拠がないままに、ネットワーク社会の虚像がつくられてしまう危険性です。批判論文が主張するように、同位体学的証拠の解釈を見直すべきだというのはその通りです。つまり、たとえば、13C や 14C をトレーサーとして用いて樹木間の炭素移動を証明したとしても、それが菌根ネットワークを通って伝達された証明にはなりません。ある植物が土壌中に分泌し、それをまた別の植物が土壌中から摂取した結果にすぎないということも考えられるからです。

しかし、「母の木仮説」批判論文を読んでみると、肝心なことが抜けていることに気づきます。それは土壌中の微生物(とくに原核生物)の存在を考慮していないことです。土壌中には多い場合、1010 個 g–1(乾土)レベルのバクテリアアーキアが存在します。優占しているのは従属栄養細菌であり、植物が根から分泌した有機物は容易に、速やかにこれらの微生物に摂取されます。分泌量が微量であればあるほど、少し距離が離れれば離れるほど、他の植物まで行き渡ることは難しくなります。

ここで菌根ネットワークという特別の路を使ってそれらの栄養が伝わっていくと考えた場合はどうでしょうか。土壌微生物の横取りという目に遭わず、微量の栄養が遠くまで行き届くことが可能になります。例えるなら、水源地から各家庭に水道管を通して水は届けることができますが、土の中に放出してしまえば、それは限りなく難しくなることを想像すればよいでしょう。

母樹と他の樹木を結ぶ菌根ネットワークからなる森林社会は、まだ科学的証拠を持って完全には証明されていません。しかし、それを想定しないと説明しにくい現象があることも確かです。しばらくは、母の木仮説の論争は続くかもしれません。

引用文献

[1] Wohlleben, P.: The Hidden Life of Trees – What They Feel and How They Communicate. Greystone Books. 2016, 272 pages. Hardback. ISBN 978-1-77164-248-4

[2] NHK:【超進化論】植物の秘密 森の地下には〇〇が!| NHKスペシャル. 2022.11.06. https://www.youtube.com/watch?v=FIMFxxz1DAM

[3] Fortey, R. Dendrology: The community of trees. Nature 537, 306 (2016). https://doi.org/10.1038/537306a

[4] Simard, S. W.: Net transfer of carbon between ectomycorrhizal tree species in the field. Nature 388, 579–582 (1997). https://doi.org/10.1038/41557

[5] Kadowaki, K. et al.: Mycorrhizal fungi mediate the direction and strength of plant–soil feedbacks differently between arbuscular mycorrhizal and ectomycorrhizal communities. Commun. Biol. 1, 196 (2018). https://doi.org/10.1038/s42003-018-0201-9

[6] Henriksson, N. et al.: Re-examining the evidence for the mother tree hypothesis - resource sharing among trees via ectomycorrhizal networks. 
New Phytol. 239, 19-28 (2023). https://doi.org/10.1111/nph.18935 

[7] Robinson, D. G. et al.: Mother trees, altruistic fungi, and the perils of plant personification. Trends Plant Sci. Sept. 19, 2023. https://www.cell.com/trends/plant-science/fulltext/S1360-1385(23)00272-8

       

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