ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

植物は苦しい時に泣く

はじめに

最近、「植物が音を出して泣く」というとても興味深い論文がセル誌に掲載されました [1]。音を出すと言っても人間には聞こえない高い周波数の超音波の「響き」であり、これをマイクで拾うことに成功したというのです。この成果を早速ネイチャー誌も話題にしています [2]

植物は「苦しい」時に決して黙っているわけではありません。この研究によると、植物は「喉が渇いたり」、ストレスを感じたりすると、「空気中の音(airborne sound)」を発するというのです。

2. 植物が泣く 

今回報告したのは、イスラエル・テルアビブ大学のリラック・ハダニー(Hadany)教授らの研究チームで、タバコ(Nicotiana tabacum)とトマト(Solanum lycopersicum)の株を、マイクの付いた小さな箱に入れて実験しました。そうすると、研究者には全く聞こえることがない植物が発するノイズを、マイクが拾っていたのです(下図、文献 [1] より転載)。

この音は、水不足にある、あるいは最近切られたという、植物にストレスがかかっている場合に特に顕著でした。水を必要としたり、直前に茎を切られたりした植物は、1時間あたり最大約35回の音を発することがわかりました。一方、水が充足している場合や茎を切られていない植物は、1時間に1回程度しか音を発しないため、非常に静かでした。

拾った音をスピードアップして聴いてみると、「ポップコーンのような、非常に短いクリック音になる」とハダニー教授は述べています。これは歌っているわけではなく、水不足や傷ついた植物が発する悲鳴とも言えます。実際の音がこちらです(文献 [2] よりダウンロード)

普段、植物が「喉が渇いた」が音を出すのを聞いたことがないのは、その音が超音波(約20~100 kHz)だからです。人間の聴覚は20 Hzから20 kHzまでの音しか拾えませんので、植物の音は人間にはほとんど聞こえないような高音ということになります。

植物にはもちろん声帯や肺はありません。では、どのようにして植物は音を出すのでしょうか。ハダニー教授は、現在のところ、根から茎や葉に水や栄養分を運ぶ管である「木部」を中心に考えていると話しています。

木部内の水は、ストローで水を吸ったときのように、表面張力でまとまっています。木部で気泡ができたり壊れたりすると、プチプチと音がすることがありますが、この気泡は乾燥ストレスでできやすくなります。とはいえ、その正確なメカニズムについては、さらなる研究が必要だということです。

2. 農業への応用

研究チームは、植物の発する音から、植物が切られたのか、それとも水ストレスを受けているのかを推測する機械学習モデルを作成しました。すなわち、音のパターンに基づいて切られたのか、水ストレスなのかを見分けようということです。その結果、音を見分ける精度は約70%でした。これは、農業や園芸における植物の音声モニタリングの可能性を示唆しています。

このアプローチの実用性を検証するため、研究チームは、風や空調設備から発生するバックグラウンドノイズを除去するように訓練されたコンピュータープログラムを適用しながら、温室内の植物の発音を録音してみました。その結果、見事に植物の声を聞き取ることができました。

この試験的な研究によって、トマトやタバコだけでなく、小麦、トウモロコシ、ワイン用ブドウも喉が渇くと音を出すことがわかりました。今回の成果は、園芸・農業における水供給の管理制御に応用できそうです。

3. 草と昆虫のおしゃべり?

ハダニー教授の研究チームは、植物が音を「聞く」ことができるかどうかも研究しています。すでに、アカバナ科エノテラ・ドルモンディ(Oenothera drummondii)がハチの飛ぶ音にさらされると、より甘い蜜を分泌することを発見しています。さらに過去の研究では、植物が動物の出す音にも反応することが分かっています。

では、植物の泣き声は生態系の重要な要素であって、植物や動物の行動に影響を与えているのでしょうか? 実は、人間の耳には聞こえなくとも、一部の動物には聞こえる可能性があります。それらはコウモリ、ネズミ、昆虫(蛾)などです。

しかし、オーストラリア・シドニーマッコーリー大学で環境科学を専門に研究しているグレアム・パイク氏は、その証拠はまだ明らかではないと語っています。実際、植物の音はあまりに微弱なものであり、周囲の動物が、実際の距離で本当に聞くことができるとは考えにくい と彼は述べています。しかし、さらに研究を進めれば、もっと明らかになるはずでしょう。

少なくとも多くの蛾は、自分を捕食しようとするコウモリの超音波を拾うことができる敏感な聴覚を進化させています [3]。蛾の「耳」は、脇腹にある1対の鼓膜が4つの受容体細胞を振動させるというきわめてシンプルなものですが、300 kHz に迫る超音波を聞き取ることができることが明らかにされています

コウモリの位置情報コールの最高周波数は212kHzですが、蛾の聴覚の上限はもっと高いということになります。オオミズアオ(→オオミズアオとオナガミズアオ)は、動物のなかでこれまで知られている最も高い周波数感度を持つことが明らかにされています [4]

ハダニー教授も述べていますが、他の生物が植物の音を聞いて反応するように進化した可能性があります。たとえば、植物に卵を産もうとする蛾や、植物を食べようとする動物が、音を利用して判断している可能性があります。

おわりに

ゆるむしの森でも、草刈りを行なったり、適宜小枝の剪定や伐採などを行なっていますが、その度に植物たちは悲鳴をあげているのでしょうか。そして、日常的に草と昆虫はおしゃべりをしているのでしょうか。植物が誘因物質を分泌することで、あるいは視覚的に昆虫の行動を制御していることは知られていますが、ひょっとしたら音による相互作用もあるのかもしれません。

引用文献

[1] Khait, I. et al.: Sounds emitted by plants under stress are airborne and informative. Cell 186, 1328-1336.e10 (2023). https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.03.009

[2] Marris, E.: Stressed plants ‘cry’ — and some animals can probably hear them. Nature March 30, 2023. https://www.nature.com/articles/d41586-023-00890-9

[3] Yong, E.: Moth smashes ultrasound hearing records. Nature May 8, 2013. https://www.nature.com/articles/nature.2013.12941

[4] Moir, H. et al.: Extremely high frequency sensitivity in a ‘simple’ ear. Biol. Lett. 9, 20130241 (2013). https://doi.org/10.1098/rsbl.2013.0241

              

カテゴリー:科学おもしろ話