ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

セミの翅がもつ抗菌作用

カテゴリー:科学おもしろ話

はじめに

「ゆるむしの森」では6月からセミが発生し、7月終わり頃から、複数種のセミの鳴き声を同時に聞くことができます。ニイニイゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ写真1)、ツクツクホウシ、ヒグラシの5種です。お隣の東京都や千葉県では、北上化したクマゼミの鳴き声をときどき聞くことがありますが、この森(埼玉県)ではまだ聞いたことはありません。

写真1  羽化したばかりのアブラゼミ(2022年7月30日、埼玉県ゆるむしの森)

セミは透明で大きな翅をもちますが、実はこの翅には抗菌作用があることがわかっています。抗菌作用と言っても、セミの翅に何か抗菌物質があるというわけではなく、その特異な物理的構造によって細菌を破壊してしまうという機構です。これはトンボなどにも見られる性質のようです。

1. セミの抗菌作用の発見

セミの翅に抗菌作用があることが初めて明らかにされたのは今から10年程前で、豪スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)のエレーナ・イワノワ Elena Ivanova 博士らの国際研究チームによって論文が発表されました [1, 2, 3]セミの翅という、天然素材の構造だけで細菌を殺してしまうことが見つかったのは初めてのことで、ネイチャーダイジェストでも取り上げていました [4](以下ツイート)

彼女らの研究チームが材料として使ったのは、クランガーゼミ(clanger cicada, Psaltoda claripennis)という種です。このセミの翅の表面にが、ナノサイズの柱(突起物)が等間隔に六角形をなすように立ち並んでいることを見つけました。これを「ナノピラー(極微細突起)」とよびます。

ナノピラーの先端は、丸い針のような形をしています。細菌が翅の表面にくっつくと、ナノピラーがそれにスパイクのように突き刺さります。すると細菌の細胞膜は、ナノピラーとナノピラーの間隙へと引き伸ばされ、大きなひずみが発生します。細胞膜が十分に柔らかければ、その細胞は破裂するというわけです(図1)。

図1. セミの羽のナノピラーと細菌細胞の相互作用の生物物理学的モデル(文献 [3] より転載). (a) セミの翅のナノピラーに吸着した細菌の外層の模式図. 吸着層は、柱に接触しているA領域と柱の間に浮遊しているB領域の2つに分けることができる。領域Aが吸着し、その表面積(SA)が増加するため、領域Bは引き伸ばされ、最終的に破断する. (b-e) は棒状セルと翼面との相互作用をモデル化した3次元表示. 細胞が接触し (b)、ナノピラーに吸着すると (c)、ピラー間の領域で外層が破れ始め (d)、表面に崩れ落ちていく (e). 画像b~eは、http://youtu.be/KSdMYX4gqp8 で公開されているメカニズムのアニメーションからのスクリーンショット.

イワノワ博士らが発見した昆虫の翅のナノピラー構造は、物理的に殺菌効果を示すものであり、熱湯も、マイクロ波の放射も、抗菌剤も必要ないという画期的な発見です。従来の抗菌グッズと言えば、化学的な作用に基づくものが多かったのですが、このナノピラー構造を応用すれば、より簡単で安全な抗菌グッズができるかもしれません。

2. 実は化学成分も重要

上記のように、セミの翅には抗菌性があることがわかったわけですが、この翅には水をはじき(超疎水性)、自ら清浄を保ち(セルフクリーニング性)、透明性を保つ(防曇性)などの優れた機能もあります。これが果たして種によって違いがあるのか、ナノピラーの形状や組成の違いが、発揮される特性の程度にどの程度影響を与えるのか、という疑問があります。この疑問に答えたのが、米イリノイ大学バナ・シャンペイン校(University of Illinois at Urbana–Champaign)のマリアン・アライン(Marianne Alleyne)教授の研究チームです [5]

彼女らは、表面形状や化学組成と多機能性との関係を理解するために、異なる種のセミの翅のマイクロ波抽出分析を行ない、ナノピラーの機能性に寄与する化学成分を特性評価しました。用いたセミは、超疎水性の翅をもつネオチビセン属セミNeotibicen pruinosus と、素数(17年)ゼミの一種で疎水性の翅をもつヒメジュウシチネンゼミMagicicada cassinii の2種です。

マイクロ波抽出法を用いて、セミの羽から徐々に成分を除去しながら濡れ性、汚れ性、抗菌性の変化を調べた結果、ナノ構造の主成分はC17からC44の脂肪酸と飽和炭化水素であり、短鎖脂肪酸と酸素を多く含むアルコール、エステル、ステロールが混在していることが判明しました。最も疎水性の高い成分はナノピラーの高い位置(翅の表面付近)にあり、親水性の高い分子は深い位置に埋まっていることがわかりました。

化学的抽出を行なうと、ナノピラーの変形には両種で違いが認められました。すなわち、ネオチビセンゼミでは高いナノピラーが縮んで互いにぶつかり合うようになりましたが、ヒメジュウシチネンゼミのナノピラーは形を保ったままでした。しかし、両種とも抗菌性が低下しました。つまり、物理構造のみならず、化学成分自体が抗菌性を発揮するのに重要だということです。

これらの結果は、ナノピラーの分子組成がその物理的形状と協調して、抗菌性において直接的および間接的な役割を果たすことを示唆しています。このデータは、ナノピラーの分子組織とマクロスケールの機能特性との相関を示すだけでなく、天然ナノ構造を模倣して人工基板上に複製して望むような特性を発揮させる際に、重要な考設計指針を与えると研究チームは述べています。

おわりに

セミの翅の抗菌に関する知見は、いろいろなことに応用できそうです。病院や様々な施設の人が触れる面の抗菌とか、水中の殺菌などが考えられます。さらに研究を進めれば、他の重要な分子も発見できるかもしれません。

それにしてもこの分野の研究を、偶然にもいずれも女性が主導しているというのも興味深いですね。セミやトンボだけでなく、透明な翅をもつハチにも同様な機能があるのでしょうか。さらには、鱗粉があるチョウ目昆虫とか、普段は翅が隠れている甲虫類やバッタ類はどうなのでしょうか。興味はつきません。

引用文献

[1] Ivanova, E. P. et al. Natural bactericidal surfaces: Mechanical rupture of Pseudomonas aeruginosa cells by cicada wings. Small 8, 2489–2494 (2012). https://doi.org/10.1002/smll.201200528

[2] Hasan, J. et al.: Selective bactericidal activity of nanopatterned superhydrophobic cicada Psaltoda claripennis wing surfaces. Environ. Biotechnol. 97, 9257–9262 (2013). https://link.springer.com/article/10.1007/s00253-012-4628-5

[3] Pogodin, S. et al.: Biophysical model of bacterial cell interactions with nanopatterned cicada wing surfaces. Biophys J. 104, 835–840 (2013). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3576530/ 

[4] Quirk, T.: Insect wings shred bacteria to pieces. Nature Mar. 4, 2013. https://doi.org/10.1038/nature.2013.12533

[5] Román-Kustas, K. et al.: Molecular and topographical organization: Influence on cicada wing wettability and bactericidal properties. Adv. Mater. Interfaces 7, 2000112 (2020). https://doi.org/10.1002/admi.202000112

              

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