カテゴリー:科学おもしろ話
水田や緑地などを散策していると、小川、用水路、湿地の水溜りなどに、ときどき茶色い沈殿物を見ることがあります。写真1は、水田の用水路一面に見られた赤褐色の沈殿物です。このブログカテゴリーのヘッダにも使っている写真です。
↑写真1 水田の用水路に見られた赤褐色沈殿物(2020年2月12日、千葉県印西市)
次は、街の総合公園の散策路に見られた黄褐色の沈殿物です(写真2、3)。
↑写真2 公園の散策路に見られた黄褐色沈殿物(2020年9月17日、千葉県松戸市)
↑写真3 公園の散策路に見られた黄褐色沈殿物(2020年9月17日、千葉県松戸市)
実は、これらの沈殿物の正体は、環境中に生息する鉄細菌の作用でできた鉄化合物(Fe(OH)3・nH2O)の沈着物と鉄細菌とが混ざった微生物被膜(バイオマット)です。被膜の色状は薄い黄色から赤褐色まであって場所や時期によって異なり、その広がり方も様々です。写真1の用水路にできた微生物被膜は、約 100 mの長さに達していました。
鉄細菌は、二価鉄イオンを三価鉄イオンに酸化したとき取り出した電子の流れを利用して化学エネルギー(ATP)を生成し、炭素(二酸化炭素)固定を行う、独立栄養あるいは混合栄養の微生物です(図1)。正確には鉄酸化細菌と言います。水中の鉄イオンを酸化する結果、菌体の周辺に水酸化鉄を多量に沈着します。
ちなみに、独立栄養とは完全に無機物だけで生育できる栄養形式をいい、混合栄養とはエネルギーは無機物の酸化で得るけれども、炭素源は二酸化炭素と有機物の両方を利用する栄養様式を言います。
図1. 鉄細菌(鉄酸化細菌)の二価鉄イオンの酸化プロセスにおける化学エネルギー(ATP)獲得、炭素固定、および水酸化鉄(黄褐色沈着物)の生成(文献 [1] より転載・リトレース).
環境中の鉄細菌の生育により多量の水酸化鉄が生成されると、私たちの目には赤錆のように見えてきます。トンネル内などでも壁を伝って水が垂れているところに、赤錆のように変色している部分を見ることがありますが、それも鉄細菌による水酸化鉄の沈着です。
環境中で鉄細菌の被膜が発生した場合、上部の水面は油が浮いたように光って見えることがあり、油膜と間違われることもあります。しかし、鉄細菌の被膜は割と有機汚濁が少ない環境(きれいな環境)に見られることが多いです。
油膜と見分ける最も簡単な方法は臭いを嗅いでみることです [2]。いわゆる油臭さは全くありません。被膜の一部をとり、DNA染色剤で染め、蛍光顕微鏡下で観察すれば、それが無機物と細胞が混ざった塊りであることもわかります [3]。
私たちは微生物を直接肉眼で見ることもできず、普段その存在を気にすることもほとんどありませんが、このような環境中の微生物被膜を見るにつけ、自然界における彼らの生命力を感じざるを得ません。
引用文献
[1] ScienceDirect: Iron Bacteria. https://www.sciencedirect.com/topics/engineering/iron-bacteria
[2] 小池良平: 油膜と鉄バクテリアの判別方法-油膜と思いこむ前に. 技術開発ニュース No. 143 2011-7. https://www.chuden.co.jp/resource/seicho_kaihatsu/kaihatsu/kai_library/news/news_2020/news_143_09.pdf
[3] Dr.Tairaのブログ:有馬温泉と鉄細菌. 2018.06.05.
https://rplroseus.hatenablog.com/entry/16328299
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