ゆるむしの森プロジェクト

休耕田に自然発生した森林緑地「ゆるむしの森」の観察、管理・運営活動を中心とする情報ブログ

アゲハチョウ科

2023.9.01更新  ゆるむしの森のチョウ

「ゆるむしの森」および周辺エリアで、これまで生息が確認できたアゲハチョウ科 Papilionidae のチョウは6種です。目撃できる個体数については:多い +++ 、中程度 ++、少ない +、稀 (+) で表しています。

                 

アゲハチョウ亜科 Papilioninae

アゲハチョウ(ナミアゲハPapilio xuthus   英: Asian Swallowtail

●前翅長:38–60 mm  ●時期:3–11月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:++  ●幼虫の食草:ミカン、カラタチ、サンショウなどのミカン科植物

                 

キアゲハ Papilio machaon  英: Old World Swallowtail

●前翅長:38–65 mm  ●時期:3–11月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:+  ●幼虫の食草:ハマウド、シシウド、ノダケなどのセリ科植物、ニンジン、ミツバ、アシタバ、パセリなど

                 

クロアゲハ  Papilio protenor  英: Spangle

●前翅長:45–70 mm  ●時期:4–9月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:+  ●幼虫の食草:ミカン、ユズ、カラタチ、サンショウなどのミカン科植物

                 

ナガサキアゲハ  Papilio memnon  英: Great Mormon 

●前翅長:60–80 mm  ●時期:5–10月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:+  ●幼虫の食草:ミカン、ユズ、カラタチ、サンショウなどのミカン科植物

                 

ジャコウアゲハ  Atrophaneura alcinous

●前翅長:45–60 mm  ●時期:4–10月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:(+)  ●幼虫の食草:ウマノスズクサなどウマノスズクサ科植物

                 

アオスジアゲハ Graphium sarpedon  英: Common Bluebottle

●前翅長:35–45 mm  ●時期:5–10月  ●越冬態:蛹  ●目撃頻度:++  ●幼虫の食草:クスノキタブノキ、イヌガシ、ニッケイなどのクスノキ科植物

                 

カテゴリー:ゆるむしの森のチョウ

ゆるむしの森のチョウ

ゆるむしの森とその周辺に生息するチョウの記録ページです。

2024.4.13 更新

「ゆるむしの森」が位置する埼玉県東部では、これまで58種のチョウの生息が認められています [1]。市単位では春日部市による調査があり、41種が記録されています [2]。ゆるむしの森プロジェクトでは、ゆるむしの森のコア区域(0.9 ha →ゆるむしの森活動拠点の視察])および周辺を含む約 3 ha のエリア内でチョウの分布調査を行なっていますが、その狭い範囲と水田地帯のど真ん中という環境特性にもかかわらず、現在まで46種の生息を確認しています(生息未確認の目撃種も併せると53種、表1)。ちなみに、毎年成虫が複数回見られる場合、および食草とともに幼虫・蛹を確認した場合を生息と判断しています。これらの中には、埼玉県が指定する(準)絶滅危惧7種も含まれます [3](ヘッダ写真の右4つが[準]絶滅危惧種

ここでは、ゆるむしの森を中心としたこのエリア内で撮影できたチョウを、科および亜科ごとに紹介します。

           

●アゲハチョウ科

●シロチョウ科

●タテハチョウ科ータテハチョウ亜科・コムラサキ亜科

●タテハチョウ科ーイチモンジチョウ亜科・ドクチョウ亜科

●タテハチョウ科ージャノメチョウ亜科・テングチョウ亜科

●シジミチョウ科

●セセリチョウ科

           

チョウの分布状態(目撃頻度)については表1に示します。目撃頻度については、過去3年間の4–11月における、月2回以上のトランセクト調査 [4] によって記録できた目撃回数に基づいて、+++ 多い、++ 中程度、+ 少ない、(+) まれ、で表しています。また、目撃回数が非常に少なく、偶産と思われるものおよび生息を確認中のものについては△で表しています。

表1. 「ゆるむしの森」および周辺エリアで目撃されたチョウ53種(生息を確認した46種および偶産などの7種)

分布(目撃頻度):+++, 多い; ++, 中程度; +, 少ない; (+), まれ; △, 偶産、偶発的飛来、あるいは生息確認中.  埼玉県レッドリストの種:**, 絶滅危惧II類(VU);*1, 準絶滅危惧1型(NT1); *2, 準絶滅危惧2型(NT2). §, 環境省カテゴリー準絶滅危惧(NT).

注意しなければいけないのが、全ての種が4–11月に満遍なく見られるわけではないということです。ミドリシジミのように6-7月にしか見られない種もいますし、コムラサキ亜科の種のように、羽化時期の5、7、9月に多く見られ、偶数月には減るような種もいます。表1中の分布(目撃頻度)は、4-11月の平均値なので、発生時期に目撃できる各々の種の個体数は、実際はそれよりも多い印象になります。

蝶ではありませんが、チョウ目ヤママユガ科のオオミズアオオナガミズアオも生息します。                   

引用記事・文献

[1] <埼玉県の蝶>埼玉県生息の蝶

[2] 春日部市環境政策科 みんなで取り組む生き物調査プロジェクト報告書 2019. https://www.city.kasukabe.lg.jp/material/files/group/31/houkokusyo2019.pdf

[3] 埼玉県レッドデータブック動物編2018  (6) 昆虫類 ② チョウ目チョウ類: https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/129694/16reddatabook-chourui.pdf

[4] 日本チョウ類保全協会(訳):チョウ類のトランセクト調査ーチョウのモニタリングマニュアル (Sevilleja, C. G. et al. Butterfly Transect Counts: Manual to monitor butterflies. Report VS2019.016, Butterfly Conservation Europe & De Vlinderstichting/Dutch Butterfly Conservation, Wageningen, 2019). https://butterfly-monitoring.net/sites/default/files/Pdf/Manual/Butterfly%20Transect%20Counts-Manual%20v2Japanese.pdf

                

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初秋のチョウ

カテゴリー:生き物観察

9月に入り、「ゆるむしの森」で見られるチョウ類のなかにも秋を感じさせるものが出てきました。まず、写真1はアカボシゴマダラです。8月は3化目の幼虫の変態の時期で成虫はあまり見られませんでしたが、9月に入り羽化した個体が増えています。いま森内を飛び交う姿を多数見ることができます。

写真1  草むらで静止するアカボシゴマダラ Hestina assimilis assimilis(2022年9月6日)

写真2右は、羽化したアカボシゴマダラの蛹痕で、あちこちのエノキに多数残っています。まだまだ蛹の段階のものも存在します(写真2左)。

↑写真2 エノキの葉にぶら下がるアカボシゴマダラの蛹(左)と蛹痕(右)(2022年9月6日)

アカボシゴマダラとほぼ同じ時期に羽化するのがゴマダラチョウです(写真3、4)。9月は3化目の成虫が多数見られます。この数年、関東地域でも個体数が少なくなっているゴマダラチョウですが、これほど成虫が見られる森も少ないと思います。

写真3  エノキの葉上でやすむゴマダラチョウ Hestina persimilis japonica(2022年9月16日)

写真4  下草でとまるゴマダラチョウ(2022年9月16日)

森のすぐ横には民家がありますが、その敷地の周囲にアカタテハが飛んでいて、地面に止まった瞬間をうまくとらえることができました(写真5)。

写真5  民家の周囲の路地でとまるアカタテハ Vanessa indica(2022年9月6日)

ヒョウモンチョウの仲間で確認している種は、これまでツマグロヒョウモンのみです。盛夏の間あまり見かけなくなっていましたが、9月に入り、草むらや樹間を飛んでいる姿をまた見かけるようになりました(写真6)。

写真6  ツマグロヒョウモン(2022年9月16日)

写真7ヒカゲチョウです。盛夏時期はほとんど姿を消していましたが、9月に入って再び見られるようになりました。

写真7 アキニレの幹で静止するヒカゲチョウ Lethe sicelis(2022年9月16日)

ヒカゲチョウと並んで個体数が多いジャノメチョウがヒメジャノメです(写真8)。

写真8  下草にとまるヒメジャノメ Mycalesis gotama(2022年9月16日)

秋を感じさせるのがウラナミシジミです(写真9、10)。南方系のチョウで、夏から北上し始め、この地域では9月晩秋にかけて多くなります。

写真9 草むらで静止するウラナミシジミ Lampides boeticus(2022年9月16日)

写真10  ウラナミシジミ(2022年9月16日)

9月になってまた一段と個体数が増えたのがセセリチョウの仲間です。この森で一番多い種がオオチャバネセセリです(写真11、12)。

写真10  草むらのオオチャバネセセリ Zinaida pellucida(2022年9月16日)

この森では多数見られるオオチャバネセセリですが、埼玉県では準絶滅危惧2型(NT2)に指定されています。

写真11  オオチャバネセセリ(2022年9月16日)

オオチャバネセセリと比べると個体数は少ないですが、キマダラセセリも夏を過ぎて多くなったような気がします(写真12)。

写真12  ハンノキ林の下草にとまるキマダラセセリ Potanthus flavus(2022年9月6日)

上記のほか、9月前半に見られた種は以下のようになります。

アゲハチョウ科:ナミアゲハ、アオスジアゲハ、クロアゲハ、ナガサキアゲハ

シロショウ科:モンシロチョウ、キタキチョウ

タテハチョウ科:コムラサキ、キタテハ、ヒメアカタテハルリタテハ、アサマイチモンジ、イチモンジチョウ、コミスジサトキマダラヒカゲ、ヒメウラナミジャノメ

シジミチョウ科:ムラサキシジミベニシジミヤマトシジミ、ツバメシジミ

セセリチョウ科:ダイミョウセセリ、イチモンジセセリ

            

カテゴリー:生き物観察

ゆるむしの森の甲虫類

カテゴリー:生き物観察

「ゆるむしの森」ではさまざまな種類の甲虫(コウチュウ目)が生息しています。ここでは割と頻繁に樹上で目撃する種類を中心に紹介したいと思います。

まずはカミキリムシ科(Cerambycidae)の仲間です。写真1はミヤマカミキリ(カミキリ亜科)です。夜間、クヌギ、コナラなどの樹液に集まる習性がありますが、この森ではアキニレの木でよく見かけます。

↑写真1  アキニレ上のミヤマカミキリ Neocerambyx radde(2022年7月7日)

ミヤマカミキリとともによく目撃するのがゴマダラカミキリです(フトカミキリ亜科)(写真2)。最も普通なカミキリ種の一つです。

写真2  アキニレを駆け上るゴマダラカミキリ Anoplophora malasiaca(2022年7月7日)

上記2種ほどではないですが、ときどき見かけるのがキボシカミキリです(フトカミキリ亜科)(写真3)。クワ、イチジク、ミカンなどの食害虫として知られます。ゆるむしの森ではもっぱらクワの木で目撃することができます。

写真3  エノキの葉上のキボシカミキリ Psacothea hilaris(2022年8月6日)

次はコガネムシ(Scarabaeidae)の仲間です。写真4コガネムシスジコガネ亜科)、写真5はアオドウガネ(スジコガネ亜科)で、この森で沢山見ることができます。

写真4  セイタカアワダチソウにとまるコガネムシ Mimela splendens(2022年6月7日)

↑写真5  エノキの葉上にとまるアオドウガネ Anomala albopilosa(2022年9月6日)

写真6はカナブン(ハナムグリ亜科)です。ヤナギ類やアキニレの樹液を吸う姿が頻繁に見られます。

↑写真6  マルバヤナギ上のカナブン Pseudotorynorhina japonica(2022年8月6日)

カナブンとともによく見られるのがシロテンハナムグリハナムグリ亜科)です(写真7)。こちらもヤナギ類やアキニレの木によくいます。

↑写真7  アキニレにとまるシロテンハナムグリ Protaetia orientalis(2022年6月1日)

写真8は、アキニレの樹液に集まったカナブンとシロテンハナムグリです。

写真8  アキニレの樹液を吸うカナブンとシラホシハナムグリ(2022年9月6日)

上記2種と比べるとやや少ないように思われますが、コアオハナムグリハナムグリ亜科)もときどき見かけます(写真9)。

写真9  アキニレ上のコアオハナムグリ Gametis jucunda(2022年5月12日)

タマムシ(Buprestidae)の中では、やはりタマムシ(ルリタマムシ亜科)を多く見ることができます。本種の幼虫はエノキ、ケヤキ、サクラなどの朽ち木に食べて育ち、成虫は一般にエノキなどの樹上を飛び回る姿を見ることが多いです。この森ではアキニレの森の周辺を飛んでいる姿をよく目撃します。

写真10は、地上近くで交尾中の個体をとらえたものです。

写真10  交尾中のタマムシ Chrysochroa fulgidissima(2022年8月6日)

甲中類のなかでは、何と言ってもクワガタムシ科(Lucanidae)の仲間の存在感が大きいです。本ブログでも何度か紹介していますが(→クワガタムシ発生ヤナギ類に群がる昆虫アキニレとクワガタムシ)、ゆるむしの森にはたくさんのクワガタムシがいます。種として生息を確認しているのはノコギリクワガタ写真11–13)、コクワガタ写真14)、ヒラタクワガタの3種です。

写真11  マルバヤナギ上のノコギリクワガタ Prosopocoilus inclinatus の♂(2022年6月23日)

↑写真12  カワヤナギ上で交尾中のノコギリクワガタ(左)(2021年5月31日)およびアキニレ上のノコギリクワガタ♂(右、右下にコクワガタが見える)(2021年6月18日)

↑写真13  マルバヤナギ上のノコギリクワガタの♀(2022年7月24日)

写真14  マルバヤナギ上のコクワガタ Dorcus rectus の♂、サビキコリ Agrypnus binodulus、ヨツボシオオキスイ(左)、およびコクワガタの♂と♀(右)(2022年5月28日)

クワガタムシと並んで甲虫の王者とも言えるのがカブトムシコガネムシ科、カブトムシ亜科)です。この森でもたくさんいるはずですが、不思議なことに成虫の姿をまだほとんど見たことがありません。一方で、遺骸は頻繁に見ることができます(写真15)。

↑写真15  カブトムシの遺骸(2022年7月30日)

             

カテゴリー:生き物観察

ゆるむしの森のカエル

カテゴリー:生き物観察

「ゆるむしの森」はとてもカエルが多い森です。草むらやあちこちの樹木の葉上にたくさんの個体を見ることができます。池や田んぼの水の中にいるイメージのカエルですが、樹上生活が普通の姿です。この森ではまだ詳細には調査していませんが、普段よく見られるカエルをここで紹介したいと思います。

最もよく見られる種の一つがアマガエル(ニホンアマガエル)です(写真1-4)。

↑写真1  コナラの葉の上にとまるアマガエル Hyla japonica(2022年7月30日)

写真2  エノキの葉上のアマガエル(2022年8月6日)

写真3  エノキの葉上のアマガエル(2022年8月6日)

写真4  マルヤナギの幹上のアマガエル(2022年8月6日)

アマガエルと並んで数が多いのがヌマガエルです(写真5–8)。元々は四国、九州、奄美諸島沖縄諸島などに生息する南方系のカエルでしたが、今は本州以西までに生息域が拡大した国内侵入種です。

写真5  地面で並んだヌマガエル Fejervarya kawamurai(2022年7月30日)

写真6  雨水貯めに敷いたブルーシートの上のヌマガエル(2022年6月13日)

ヌマガエルはツチガエルに似ていますが、お腹が白いことで区別できます。ツチガエルにはお腹に斑点模様があります。またヌマガエルはツチガエルに比べてあまり臭いがないです。

これらは実際捕まえてみないとわからないことですが、背面上でも区別できます。よく観察すると、ヌマガエルには両眼の背部にV字模様を確認することができます(写真7)。この模様はツチガエルにはありません。

写真7  ヌマガエルの特徴の一つである両眼の背部にあるV字模様(矢印)

写真8  池の中のヌマガエルと思われるオタマジャクシ(2022年6月18日)

数は少ないですが、トノサマガエルも時々見ることができます(写真9)。

写真9  地面を飛び跳ねていたトノサマガエル Rana nigromaculata(2022年5月22日)

そのほか、アカガエルと思われる鳴き声も時折聞こえることがありますが、お目にかかることは滅多にありません。

このようにカエルがとても多いので、それをエサとするヘビも多かったのですが、昨年、今年と目撃回数が激減しています。キジやサギなどの上位の捕食者が増えているせいでしょうか。

             

カテゴリー:生き物観察

セミの翅がもつ抗菌作用

カテゴリー:科学おもしろ話

はじめに

「ゆるむしの森」では6月からセミが発生し、7月終わり頃から、複数種のセミの鳴き声を同時に聞くことができます。ニイニイゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ写真1)、ツクツクホウシ、ヒグラシの5種です。お隣の東京都や千葉県では、北上化したクマゼミの鳴き声をときどき聞くことがありますが、この森(埼玉県)ではまだ聞いたことはありません。

写真1  羽化したばかりのアブラゼミ(2022年7月30日、埼玉県ゆるむしの森)

セミは透明で大きな翅をもちますが、実はこの翅には抗菌作用があることがわかっています。抗菌作用と言っても、セミの翅に何か抗菌物質があるというわけではなく、その特異な物理的構造によって細菌を破壊してしまうという機構です。これはトンボなどにも見られる性質のようです。

1. セミの抗菌作用の発見

セミの翅に抗菌作用があることが初めて明らかにされたのは今から10年程前で、豪スウィンバーン工科大学(Swinburne University of Technology)のエレーナ・イワノワ Elena Ivanova 博士らの国際研究チームによって論文が発表されました [1, 2, 3]セミの翅という、天然素材の構造だけで細菌を殺してしまうことが見つかったのは初めてのことで、ネイチャーダイジェストでも取り上げていました [4](以下ツイート)

彼女らの研究チームが材料として使ったのは、クランガーゼミ(clanger cicada, Psaltoda claripennis)という種です。このセミの翅の表面にが、ナノサイズの柱(突起物)が等間隔に六角形をなすように立ち並んでいることを見つけました。これを「ナノピラー(極微細突起)」とよびます。

ナノピラーの先端は、丸い針のような形をしています。細菌が翅の表面にくっつくと、ナノピラーがそれにスパイクのように突き刺さります。すると細菌の細胞膜は、ナノピラーとナノピラーの間隙へと引き伸ばされ、大きなひずみが発生します。細胞膜が十分に柔らかければ、その細胞は破裂するというわけです(図1)。

図1. セミの羽のナノピラーと細菌細胞の相互作用の生物物理学的モデル(文献 [3] より転載). (a) セミの翅のナノピラーに吸着した細菌の外層の模式図. 吸着層は、柱に接触しているA領域と柱の間に浮遊しているB領域の2つに分けることができる。領域Aが吸着し、その表面積(SA)が増加するため、領域Bは引き伸ばされ、最終的に破断する. (b-e) は棒状セルと翼面との相互作用をモデル化した3次元表示. 細胞が接触し (b)、ナノピラーに吸着すると (c)、ピラー間の領域で外層が破れ始め (d)、表面に崩れ落ちていく (e). 画像b~eは、http://youtu.be/KSdMYX4gqp8 で公開されているメカニズムのアニメーションからのスクリーンショット.

イワノワ博士らが発見した昆虫の翅のナノピラー構造は、物理的に殺菌効果を示すものであり、熱湯も、マイクロ波の放射も、抗菌剤も必要ないという画期的な発見です。従来の抗菌グッズと言えば、化学的な作用に基づくものが多かったのですが、このナノピラー構造を応用すれば、より簡単で安全な抗菌グッズができるかもしれません。

2. 実は化学成分も重要

上記のように、セミの翅には抗菌性があることがわかったわけですが、この翅には水をはじき(超疎水性)、自ら清浄を保ち(セルフクリーニング性)、透明性を保つ(防曇性)などの優れた機能もあります。これが果たして種によって違いがあるのか、ナノピラーの形状や組成の違いが、発揮される特性の程度にどの程度影響を与えるのか、という疑問があります。この疑問に答えたのが、米イリノイ大学バナ・シャンペイン校(University of Illinois at Urbana–Champaign)のマリアン・アライン(Marianne Alleyne)教授の研究チームです [5]

彼女らは、表面形状や化学組成と多機能性との関係を理解するために、異なる種のセミの翅のマイクロ波抽出分析を行ない、ナノピラーの機能性に寄与する化学成分を特性評価しました。用いたセミは、超疎水性の翅をもつネオチビセン属セミNeotibicen pruinosus と、素数(17年)ゼミの一種で疎水性の翅をもつヒメジュウシチネンゼミMagicicada cassinii の2種です。

マイクロ波抽出法を用いて、セミの羽から徐々に成分を除去しながら濡れ性、汚れ性、抗菌性の変化を調べた結果、ナノ構造の主成分はC17からC44の脂肪酸と飽和炭化水素であり、短鎖脂肪酸と酸素を多く含むアルコール、エステル、ステロールが混在していることが判明しました。最も疎水性の高い成分はナノピラーの高い位置(翅の表面付近)にあり、親水性の高い分子は深い位置に埋まっていることがわかりました。

化学的抽出を行なうと、ナノピラーの変形には両種で違いが認められました。すなわち、ネオチビセンゼミでは高いナノピラーが縮んで互いにぶつかり合うようになりましたが、ヒメジュウシチネンゼミのナノピラーは形を保ったままでした。しかし、両種とも抗菌性が低下しました。つまり、物理構造のみならず、化学成分自体が抗菌性を発揮するのに重要だということです。

これらの結果は、ナノピラーの分子組成がその物理的形状と協調して、抗菌性において直接的および間接的な役割を果たすことを示唆しています。このデータは、ナノピラーの分子組織とマクロスケールの機能特性との相関を示すだけでなく、天然ナノ構造を模倣して人工基板上に複製して望むような特性を発揮させる際に、重要な考設計指針を与えると研究チームは述べています。

おわりに

セミの翅の抗菌に関する知見は、いろいろなことに応用できそうです。病院や様々な施設の人が触れる面の抗菌とか、水中の殺菌などが考えられます。さらに研究を進めれば、他の重要な分子も発見できるかもしれません。

それにしてもこの分野の研究を、偶然にもいずれも女性が主導しているというのも興味深いですね。セミやトンボだけでなく、透明な翅をもつハチにも同様な機能があるのでしょうか。さらには、鱗粉があるチョウ目昆虫とか、普段は翅が隠れている甲虫類やバッタ類はどうなのでしょうか。興味はつきません。

引用文献

[1] Ivanova, E. P. et al. Natural bactericidal surfaces: Mechanical rupture of Pseudomonas aeruginosa cells by cicada wings. Small 8, 2489–2494 (2012). https://doi.org/10.1002/smll.201200528

[2] Hasan, J. et al.: Selective bactericidal activity of nanopatterned superhydrophobic cicada Psaltoda claripennis wing surfaces. Environ. Biotechnol. 97, 9257–9262 (2013). https://link.springer.com/article/10.1007/s00253-012-4628-5

[3] Pogodin, S. et al.: Biophysical model of bacterial cell interactions with nanopatterned cicada wing surfaces. Biophys J. 104, 835–840 (2013). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3576530/ 

[4] Quirk, T.: Insect wings shred bacteria to pieces. Nature Mar. 4, 2013. https://doi.org/10.1038/nature.2013.12533

[5] Román-Kustas, K. et al.: Molecular and topographical organization: Influence on cicada wing wettability and bactericidal properties. Adv. Mater. Interfaces 7, 2000112 (2020). https://doi.org/10.1002/admi.202000112

              

カテゴリー:科学おもしろ話

7月のチョウ類ーその2

カテゴリー:生き物観察

先週のブログ記事で、7月の「ゆるむしの森」で見られたいくつかのチョウの仲間を紹介しましたが、昨日、追加の種を撮ることができましたので、ここでアップします。

夏の真っ盛りの森は下草が伸び、いくつかの樹木の幼木は隠れてしまいそうです。写真1は森のシンボルである2本のハンノキです。下は、近年、ますます浸食が激しいセイタカアワダチソウで埋め尽くされています。5月はこのあたりはオヤブジラミで覆われていました。

写真1  森のシンボルである2本のハンノキ

このところ酷暑が続いていますが、ハンノキの森の中に入ると、木陰でちょっぴり涼しくなり、ホッとします(写真2)。この周辺ではアサマイチモンジ、イチモンジショウ、コミスジが飛んでいました。

写真2  ハンノキの森のなかの観察路(中央左に見えるのはクヌギ幼木と支柱)

しかし、いま昼間はとても暑く、5–6月のような沢山のチョウが飛翔する姿は見られません。注意深く探していると、メダケ林の近くのアキニレにアゲハチョウがとまっているのを見つけました(写真3)。

写真3  アキニレの葉にとまるアゲハチョウ Papilio xuthus(2022年7月30日)

ハンノキの森の下草にはキアゲハがとまっていました(写真4)。

写真4  ハンノキの森の下草にとまるキアゲハ Papilio machaon(2022年7月30日)

夕方になって気温が少し低くなると、タテハチョウの仲間が盛んに飛翔するようになります。アカボシゴマダラ、ゴマダラチョウコムラサキの3種が主です。

夕方はいずれも飛ぶスピードが速く、樹木の高い位置にとまることが多いので、シャッターチャンスがなかなかありませんでしたが、コムラサキを撮ることができました(写真5)。

写真5  翅を広げるコムラサキ Apatura metis(2022年7月30日)

こちらは、ハンノキの葉の上で静止するコムラサキです(写真6)。

写真6  ハンノキの葉上で静止するコムラサキ(2022年7月30日)

このほかに、カラスアゲハ、テングチョウ、ムラサキツバメと思われる個体を目撃しましたが、確実に同定するまでには至っていません。

            

カテゴリー:生き物観察